第12話彼女たちの事情

ナツメは自室に引っ込んで、積み上げていた文庫本を読むことにした。

好きなジャンルはとくになく、話題のものからコアなものまで幅広く読む。今は、少し前に映画化された高校生の恋愛物を読んでいた。


最後にヒロインは亡くなってしまうことがわかっているのだが、後味が悪くてもつい手が出てしまった。

表紙の女の子がユウナに似ていたからかもしれない。


だが、今は扉の向こうの物音が気になって一行読んでは、一頁戻るといったことを繰り返している。

少しも頭に入ってこないのだ。


「もー、リン。それはこっちにおいてって言ったのに!」

「あれ、そうだった?わ、ユウナ見てみて!これ、懐かしくない!?相変わらず、おかしいー」

「なんでこんなものまで持ってきたの。置く場所ないよ」


怒りながらも、ユウナの声は弱くなっていく。

それに被さるように、リンのはしゃいだ声が聞こえた。


「でも、スゴく懐かしい!ほら、小学生のときのだよ。ユウナ、覚えてる?」

「覚えてるけど……あれでしょ、ケイが無茶やらかしたときの……」

「やっぱり、覚えてた!ほら、懐かしいじゃない。ケイとトモと、あと誰と一緒にいたっけ?」

「ええと、ミキだよ。それと、キッカ」

「さすが、ユウナ。なんでも覚えてるよね」

「ええ?さすがになんでもはムリだから」


きゃっきゃと楽しそうな女子高校生の会話が扉を通して聞こえてくるのである。

懐かしい思い出の品を挟んでの女子高校生たちのほのぼの会話。

……癒される。


ナツメは諦めて本を閉じた。


何もする気にならない。

むしろ、ずっと声を聞いていたい。


いや、それはさすがに変態すぎやしないだろうか。


というか彼女たちはなぜ、なんでもない日常会話が楽しそうなのだろう。

男子高校生たちの会話など、何も感じない。ただしゃべってるなーくらいにしか思わないというのに。

不思議である。


だが、心地よい音楽を聞いているかのような気持ちになって、うっとりと目を閉じた。


仲良しなのは知っていたが、本当に仲がいい。昔からの幼馴染みか。

ナツメは小学生時代からの友人はいない。それなりに友達はいたけれど、今でも付き合いがあるかと言われると、少しもない。

学校でも友人らしい友人はショウジくらいである。

ボッチではないが、まぁ陰キャではある所以か。


しかし、とナツメは少し考え込んだ。


ナツメと同居したい理由は、事情があるからだと二人は言う。


一体どんな事情があれば、親と離れても同級生の男子と一緒に暮らしていいと思うのだろうか?


考えたところで、ナツメにわかるはずもない。しかも彼女たちはその事情をナツメに話すつもりはないのだ。


なら、無理に聞かないほうがいいのか。

いや、彼女たちを追い出すためには、聞き出したほうがいいのか。


ナツメは本を抱えながら、思わず唸ったのだった。


そんなとき、自室の扉をノックされた。


「お兄ちゃん、ちょっといい?」


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