第9話妹との口ゲンカ

「なにそれ、本気で言ってるわけ?」


学校での雰囲気とはガラリとかわって、まん丸の大きな瞳を剣呑に細めて、リンに睨み付けられる。


地獄の底から響いてくるような重低音に、ナツメはのけ反りそうになる体を必死に椅子に押し付けた。

どこから声がでているのかは、さておき。


可愛いこが怒ると本気で怖い。

ガクブルしそうな体を宥めて、ナツメは必死で口を動かした。

そもそも同級生どころか、年下だろうがなんだろうが女の子と口ゲンカしたことすら、はじめての経験である。

だが、ここは心を鬼にしなければ。


「俺は一人でちゃんと生活できる。他人に面倒みてもらわなくたって……」

「他人じゃなくて妹だけど」

「腹違いだし、一回も会ったことないし。もうそれって他人みたいなもんだろ」

「へええ。お兄ちゃんは、料理作れないくせにそんなこと言うんだ?」

「コンビニとかスーパーの惣菜とか、外食するとか……方法は色々あるから」

「は?バカなの。そんなの生活できてるって言わないから。キイさんがどれだけ心配してると思ってんの?」


ギリっと睨まれて、ナツメはひっと悲鳴を飲み込みながら叫んだ。


「学校での雰囲気と全然違う!」

「あんなの猫被ってるだけだし!」


陰キャにも分け隔てなく優しい彼女はどこにいったんだ。普通に会話の中に罵倒を挟んでくるんじゃない。

そもそも猫を被ることは、威張れることじゃないと思う!


「まぁまぁ、リンもお兄ちゃんもちょっと落ち着いて」


何故か静かにコーヒーを飲んでいたユウナが、にっこりと微笑んだ。


「お兄ちゃんが、同居に反対している理由は何かな?」


リンとは対照的に、聖母様か何かに見えた。

後光がさしてみえるレベルだ。仏様かな。


「同級生と同居なんて問題しかないだろ。学校にバレたら停学なんじゃないの。なんで、普通に了承してるのかわからない」

「学校には家庭の事情でと言えば、了承してもらえるよ。親の承諾書も貰ってる。お兄ちゃんの特殊な事情を鑑みても、学校側は折れるしかない。実際に、キイさんから仄めかしてもらったら、問題ないって言われてた。家庭の事情なら仕方ないねって」

「はあ?年頃の男女が1つ屋根の下で同居することのどこに問題がないって!?」


教師の倫理観を疑うレベルである。

昨今のリベラルな教育方針にしてもアウトな事案ではなかろうか。


「だから、お兄ちゃんの特殊な事情を鑑みても、だよ?」


ユウナは聖母様じゃなかった。

にっこり笑った笑顔に、なぜか迫力が増す。

圧を感じるのだ。

お、脅されている……?


「な、何を聞いてるって?」

「料理ができないトラウマ持ちだってこと」

「別に、料理が全くできない訳じゃない」

「最近はカット野菜とか便利なものもたくさんあるもんね。でもさ、キイさんは料理ができないことだけじゃなくて倒れないかどうか見守ってほしいんだよ」

「最近は発作なんて起こしてない」

「だとしても、いつ起きるかわからないじゃない。だから、一緒に住んでほしいんだと思うよ」


ナツメは言葉に詰まって、ニコニコしているユウナを見つめた。

理詰めでこられると、あっというまに追い詰められる。学年1位の頭脳は伊達ではないのだ。


ナツメは必死になって口を開いた。


「だとしても、聞いてた妹は一人なんだけど?」

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