第8話初志貫徹

慌てて着替えて居間に向かえば、リンとユウナは台所に立っていて、紅茶を淹れているところだった。オープンキッチンなので、相手がすぐにどこにいるのかわかる仕様だ。


「あ、お兄ちゃん。朝ご飯は食べた?」


自室から着替えて出てきたナツメに気がつくと、リンが笑顔で振り返る。


「え、いや。まだだけど」

「やっぱりまだだった。ユウナ、とりあえず食パン焼いちゃって。卵はスクランブルか目玉焼きどっちがいい?」


リンの指示に従って、ユウナがてきぱきと動く。皿などの食器や調味料の位置は大体把握できたらしい。

台所に入らないナツメよりも詳しい。


「じゃ、じゃあスクランブルが……」

「はーい」


思わず答えてしまい、居心地が悪いままにダイニングテーブルに着く。

人を呼ばないダイニングテーブルの椅子は二脚しかない。

母と自分の分だ。

向かい合わせになっているので、いつものナツメの席に座って、空席の母の席を見つめる。


横に視線を向ければ、自分の家のキッチンで同級生が料理作ってくれるって、夢のような光景である。

いやいや、絆されてはいけない。


初志貫徹。

ナツメは彼女たちを追い出さなければならないのだから。

いや、そもそも彼女たちの時点で想定と違いすぎる。本当になぜ二人いるんだ。

ダイニングテーブルに椅子だって二脚しかないのだから。


少し待つだけで、ナツメの目の前にいつもの朝食が並んだ。


チーズトーストに、サラダ。スクランブルエッグに、カップスープ。

スクランブルエッグにはケチャップがのっている。


「本日の紅茶はスリランカにしてみたよ」

「あ、ありがとう」


母の趣味で紅茶の種類だけはたくさんある。

ナツメは紅茶やコーヒーに拘りはなく、出されたものを飲むけれど、朝は紅茶を飲まないとしゃきっとしないのだ。

母から同居するに当たっての注意事項を色々と聞いているのかもしれない。


「さあ、召し上がれ」

「……いただきます」


料理に罪はない。

ナツメはほかほかと湯気のたっているコンソメスープを一口飲んで、ひとまず食べることに集中した。


リンとユウナも自分用に紅茶とコーヒーを淹れている。

紅茶は茶葉を使用しており、コーヒーはコーヒーメーカーが淹れるのだ。

コーヒーも母のこだわりでポーションタイプで種類が豊富に飲める。


リンは紅茶で、ユウナはコーヒーか。

台所に置いてあったスツールを持ってきて、ちゃっかり母の椅子の横に並べている。そうすれば広めのダイニングテーブルに三人で座ることができた。

椅子問題はあっという間に解決して、同居の障害にはならなかったようだ。


ナツメの想いとはうらはらに、リンが楽しそうに口を開く。


「話には聞いていたけれど、紅茶だけでも色々な種類があっていいね。キイさんからは、好きに使ってねって言われてるから楽しみにしてたんだ」


リンがニコニコしながら、紅茶のカップに口をつけた。

リンが母の椅子を使い、ユウナが持ってきたスツールに腰かける形だ。


「んー、美味しい」

「こっちのコーヒーは香りがスゴく華やかでいいよ」

「ユウナはコーヒー好きだもんね。ポーション買ってくれば好きに飲めるよ。学校の最寄り駅の地下街にポーション売ってたから、今度買いにいこうよ。私は苦いから苦手。お兄ちゃんは朝は紅茶で、夜がコーヒーだもんね。夜に眠れなくなったりしないの?」

「飲んでも別に眠れなかったことはないけど……あのさ、そのお兄ちゃんって」


ナツメは適度な固さのスクランブルエッグをチーズトーストに乗せて一口かじると、意を決して口を開いた。


「なに?」

「母さんから、何を聞いたか知らないけど、同居はできない。妹の世話なんかいらないから」

「はあ?」


途端に、リンから物凄く低い声が発せられた。


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