第4話グッドニュース

母の衝撃の打ち明け話から、一夜明けた翌日の金曜日。

結局ナツメは母の用意した朝食を食べて早々に高校へとやってきていた。


ナツメが通う私立の高校は進学校でもある。

部活動にも熱心で文武両道を標榜しており、授業開始の1時間以上前の早朝から自習室も開放していて、朝早くともそれなりの生徒がすでに登校していた。


そんな部活動に打ち込んでいるグラウンドの選手たちの掛け声を聞きながら教室に入れば、悪友である相良ショウジがノートを掲げてニヤリと笑う。


「はよー、相変わらず不機嫌そうな顔して。って、なんだかいつもよりも暗いな。なんかあった?」

「別に」


昨日の母とのやり取りを話すのも億劫で、短く答えて席につく。

ショウジはナツメの前の席なので、くるりと後ろに向き直った。


「どうせ眠れなかったんだろう。そんな不機嫌なナツメくんにグッドニュースを教えてあげよう。聞きたいだろ?」

「どうせ、嫌だって断ったって教えてくるくせに」

「だって言いたいんだよ、まぁ聞けって」


あっさりと認めたショウジの潔さに呆れながら、ナツメは悪友のにやけた顔を見つめた。

ショウジはキョロキョロと周囲を見回して、声を潜めた。


「斉藤のヤツ、ふられたんだってさ」


斉藤トウゴはサッカー部のエースで、この学校でイケメンと持て囃されている。そんな彼が昨日、放課後にナツメが片想いしている相手を呼び出したらしいと噂になっていたのだ。


「……それ、いいニュースか?」

「お前が気にしてるだろうと思って教えてやったんだぞ。昨日の帰り、どんよりしてただろ。どうせ、眠れなかったのもそれが原因だろうし。よかったな」

「俺には関係ない」

「またそんなこと言って! 本当に素直じゃないな」

「第一、なんでそんなことお前が知ってるんだ?」

「それは、あそこで話してる声が聞こえたからだけど」


ショウジが示した先には、クラスの女子たちの一団がいた。

その中で一番目立っていたのは三知リンである。

ミルクティベージュ色の髪をシュシュで纏めて、片側に流している。


学校一のファッションリーダーで、美少女でもある。大きめの茶色の瞳に長い睫毛。白い肌は透けるようにきめ細かい。

同じ制服を着ているはずなのに、どこか精錬されているのは彼女の着こなしセンスだろう。


ナツメの片想い相手の親友でもある。

リンなら、告白の結果を知っていても納得できた。


「さっき騒いでたんだよ。彼女からの情報なら間違いない。な、安心しただろ?」

「だから、俺は関係ないって。イケメンがふられたからって俺にチャンスがあるわけじゃない」


クラスでだってそれほど目立つ存在ではないナツメである。

どちらかと言えば陰キャ寄り。ダサいことも納得済みだ。


「そりゃそうだけどさ。希望は持てるだろ?」

「そんなことより、今日の英語の宿題やった? さっきから、ノート持ってるけど」

「やば。それをお前に聞きたくて、早く来たこと忘れてた」

「人のことを当てにしている時点でどうなんだ?」

「学年13位の実力をお恵みください。お願いします、ナツメ様!」

「微妙な順位を叫ぶなよ」


ナツメは成績上位者であるが、十番以内に入るわけではない。

将来の夢のためにコツコツ勉強しているので自分のためだ。

もちろん、ショウジのためにやっているわけでもない。

ショウジは頼み事をする時だけ、こうやって持ち上げて頭を下げてすり寄ってくる。調子の良さは折り紙つきだ。

わかりやすい態度に一つため息を吐いて、ノートを出すふりをしてショウジを見つめる。


「じゃあデルバーガーセットで手を打ってやる」

「高くない?」

「俺のノートにはそれだけの価値があるぞ。それに英語は日頃の学習態度の配点が高いって噂だし。お前の苦手分野でもあるだろ」

「それはよくわかってる」


ショウジの1か月の小遣いのうちの6分の1ほどの値段がする高級なファストバーガー店のセットを引き合いに出せば、彼は渋々頷いた。

ノートを渡してやるとひったくるように奪って、写しはじめる。

昨日は母が仕事から帰ってくる前に宿題を終わらせていてよかった。

夕食が終われば、疲れてナツメは本当に寝てしまったのだ。


朝起きて何も学校の用意をしていなかったので、愕然としたほどだ。

正直、彼女が告白されたということは忘れていた。


余計なことを思い出させてくれたショウジを多少恨む気持ちもある。


「伊佐くん、おはよう」


明るく声をかけられて、ナツメははっとした。

顔をあげれば、リンが目の前に立っていたのだ。

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