007 第1話 今より少しだけ未来の話 その7

 ――トッテーモアーク商事、ゼノシュレーゲン本店


 王都のメインストリートに面した立地の良い場所に建てられた店舗。貴族の屋敷かと見まごう程の大きさのほぼ全てを売り場としている、国内有数の大手業者トッテーモアーク商事の本店である。

 来店客で賑わいを見せる本店内の4階にある、従業員専用フロアの大半を占めるその部屋。商社のトップが居座る社長室である。

 内部は商談を進めるための応接室を兼ねており、入室者を圧倒するためか、周囲一面に壺やら剥製やら絵画やらの美術品や調度品がこれでもかと並べられており、統一感の無いそれらが一層に圧を強めている。


 そんな中には、自分の身の丈に合わない程の大きな椅子に座った、頭のてっぺんが光っている背の低い男の姿がある。王宮で行われたポーションの入札会場に来ていた男である。


 渋い顔をした男は突然腕を振り上げると、ダンッと目の前の机の上に手を振り下ろした。


「キッテのアトリエ~? 聞いたことも無いわ! わしらが受注する予定だった仕事を横取りしやがって」


 自社企業のトップである社長のご立腹の姿に、黒い服を着てサングラスをかけた男が答える。


「社長のお耳に入らなかったのは無理もないことです。キッテのアトリエは最近開店した個人商店ですので」


「個人商店ん~?」


「はい。キーティアナ・ヘレン・シャルルベルンという少女の店でして、値段の割に品質の良いものを作ると、下々しもじもの間で人気を高めつつあるようです」


「そんな開店したての個人商店が、どうして王宮の入札会に来たんだ? おかしいだろ?」


「情報によると、王宮騎士ジョシュア・ノルクロスがキーティアナに紹介状を送った模様です」


「なるほどなぁ」


 頭のトップが光る男はニヤリと笑みを浮かべた。とてもあくどい事を思いついた、という古来からあるたぐいの笑み。


「いかがいたしましょうか」


「すぐに手を回せ。言わせるな」


「はっ! 直ちに!」


 黒服の男はこなれた所作で静かに社長室を出て行った。


「王国の筆頭とも称されるジョシュアとつながりのある小娘。これを機に名を上げようと思ったんだろうが、わしを敵に回したらどうなるかを思い知らせてやる。くくく、くはーっはっはは!」


 防音の効いた部屋の中でしばらくの間、あくどい笑い声が響いていた。


 ◆◆◆


「どうしようぐえちゃん、材料が足りないよ!」


 王宮から戻ってきたキッテはさっそくアトリエでポーション作りを始めていた。

 簡単に作れるとはいえ1500個もの大量のポーションを作成する必要がある。もちろん材料も沢山必要だ。

 ポーションは初心者錬金術師でも作れるほど初級のレシピだ。材料は蒸留水、アルファ反応剤、そして通称ナズ菜とよばれる魔法ハーブの3つで、どこでも売っている手に入りやすいものだ。


「ぐえぐえー」


 だってのによ、どこにも売ってないんだ!


 ――バタン


「キッテごめんッス、あたしの方もだめだったッス!」


 アトリエのドアを開けて飛び込んできた女の子。金髪を後ろで束ねてポニーテールにした褐色日焼け女子。背は高く体つきもがっちりとしているこの元気な子は、運送屋をしているダーニャ・グルン。キッテの幼馴染の一人だ。


「ダーニャでもだめだったかぁ」


 町と町の長距離輸送を生業としている運送屋のダーニャには他の町での材料の仕入れを依頼していたのだが。


「ごめんッス。アルセンもテテヌートもミングスもダメだったッス。どこに行っても材料は売り切れ、ひとつ残らずトッテーモアーク商事のやつらが買い占めていったんだって聞いたッスよ」


 そうなんだよ。あいつらキッテへの嫌がらせか、大手であるパワーを使って材料を根こそぎ買いあさるという手段に出てきやがったんだ。


「そっかぁ。大手って凄いね」


「凄いね、じゃないッスよキッテ! とにかくあたしはもう一度心当たりを当たってみるッス。でも期待しないで欲しいッス」


「うん。ありがとう。頼りになる友達がいてよかったよ」


「期待しないでって言った所ッスよ。それじゃあッス!」


 運送屋は時間が命、と言わんばかりに、来たばっかりのダーニャはアトリエを出て行った。


「ぐえぇ」


 ダーニャがダメだったのになんか落ち着いてるな?


「ふふふ、秘策を思いついたのだ。買えなければ採ればいいのよ!」


 確かに。蒸留水は水から作れるし、アルファ反応剤は土や石から作れる。必要なのはナズ菜だけだからな。


「そうと決まったら即出発よ! 護衛兼荷物持ちでディクトを連れて行こう!」


 そうだな。1500個も作れるほどのナズ菜だ。男手があったほうがいい。報酬分はしっかり働いてもらおうぜ。

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