006 第1話 今より少しだけ未来の話 その6
リヴニス王国の王都ゼノシュレーゲン。中央を南北に走るメインストリートの終着点には、この国の中心であるゼノシュレーゲン城がそびえ立っている。
白亜の城とも称される美しい石造りの城であり、城壁が無いため遠方からもその優美な姿を見ることが出来る。
城壁の代わりは城をぐるりと覆う堀が務めているのだが、その堀は城から東西にと延びていて王都内を潤しているのだ。
「うわー、いつ見ても大きいね、ぐえちゃん!」
「ぐえー」
確かに大きいのは間違いない。
見る者を圧倒するほどの大きさと優雅さ。国の中心と言うことで、これでもかと力を入れている場所だからな。
かつての彫刻家が精魂込めて作ったであろう小さな天使の像が、城の壁から何体も生えていたりするし、あちこちで噴水が水を上げていたりするのだ。
俺達は堀にかかった橋を渡る。
簡易的な橋ではなく、がっしりとした造りの橋。戦いのための城ならば堀にかかる橋は簡易的で、速やかに崩落または回収・取り外しが可能なものでなくてはならない。
そうではなく、この橋は何千人もの軍が速やかに渡れそうな幅広の橋、つまるところこの国は長い間平和な期間を謳歌しているという証拠だ。
手入れされた庭を横切り、正面入口へと向かう。
城内への入口も権威を見せつけるかのように大きな扉になっている。これも平和である証。戦闘用の小さな入口だったのを後から改修したんだろう。
入口の門番の人のチェックを抜けて、城内へ。
外側と同様に豪華な装飾が施された壁や柱が立ち並ぶが、俺達は見学に来たわけではない。
一直線にと、ジョシュアからの手紙に書かれていた場所へと向かう。
「失礼しまーす」
迷惑にならないように小声で声をかけて目的の部屋に入るキッテ。
学園の教室のようなその部屋の中には、何人もの男女がひしめいていた。
「とりあえず空いてる席にすわろっか」
ふよふよと浮かぶ俺が他人の邪魔にならないように、キッテは俺を抱きかかえると、空いている椅子へと座る。
ちなみに俺は翼の力で飛んでいるのではなく魔力的なもので浮かんでいるので、座ったキッテの膝に重さをかけることは無いのだ。
「うち、近々2号店を出しますの」
「それは羨ましいでんなぁ。わてもあやかりたいでっせ」
「新店舗なら警護が必要でっしゃろ、ええ人材おりますえ」
お互いがみなライバル。ポーション納入の契約を取るために集まった同業者なのだが、同業者とはいえ一触即発かと言われるとそうでもない。情報交換する姿や、お互いがお互いの商談を行う様子もちらほら見受けられる。
キッテも近場の人と話をしようとした所だったのだが、どうやらタイムリミットだった。残念。
「諸君、今日はよく集まってくれた」
金髪ストレートのロン毛に青い目をしたイケメンの騎士。
背も高くスマートで貴婦人たちにも大人気の王宮騎士。キッテに手紙を送った張本人、ジョシュア・ノルクロスが登場した。
「すまないが、少しばかり条件が変更になっている。詳しくは今から配る仕様書を読んで欲しい」
配ってくれ、と、お供として入ってきた数人の若い見習い騎士にジョシュアが指示を出すと、見習い騎士達は手に持った紙を、集まった各人の机の上へと配っていった。
なになに?
「1500個を1週間後までにだって!?」
早速ネタバレをいただきました。
先に紙をもらった人が要約してくれたよ。
部屋内がざわつく。全員に紙が行きわたって皆々が内容を確認したからだ。
「こちらの事情が変わったのだ。1週間後までにポーション1500個の納品。この内容で札を入れてもらいたい」
皆がざわつくのも無理はない。この条件を達成するのは結構難しいからだ。
ポーション作成の難易度は高くないとはいえ、個数と時間がネックとなる。
例えば余裕のある契約だったらポーション30個を3日後まで、というのが定番。その場合は仕事の合間に作成して余裕で間に合う感じだ。
それが1500個ともなると、本腰を入れて1週間かかりっきりで作らなくてはならない。
よっぽどの大手業者か時間に自由が利く個人商店、または閑古鳥が鳴いているような店でしか受注は出来ないだろう。
あとは報酬の問題もある。入札会なので、集まった全員のなかで一番金額が低くなければ受注が出来ない。金額を低くするということは儲けの分を減らすということで。それだけの労力をかけて安い報酬で、となると受注するうま味は少ないというものだ。
案の定、大半の人が席を立って帰ってしまった。
残ってるのは数人。もちろん我らがキッテもその中にいる。
「なんとか頑張ればできそうだよね! お手伝いよろしくね、ぐえちゃん」
「ぐええ」
もちろんだ。今回は儲けを得るためじゃない。キッテの能力を王宮に知らしめて常連さんになるためだからな。
残った人々で入札会が始まる。
皆が配られた札にいくらで受注するかを記入していく。
キッテもさらさらと札に値段を書いて。全員が書き終えたら順番に正面に置かれた箱へと入れて行く。
全員の札が入れ終わったら、開札。
箱の中から札を出して書かれた値段を読み上げて、一番金額の低いところが落札というわけだ。
「ポワルンの店、12万ガルド。ドスコーイズ物産、12万5,400ガルド」
見習い騎士が値段を読み上げて行く。
みんな結構攻めてくるな。だいたい普通は
「キッテのアトリエ、11万5,000ガルド!」
どよめきが起こった。
キッテの書いた値段が今の所一番低い。元々利益が少ないのに、かなりの線を攻めている金額だ。
これは落札かな、という声も聞こえてくる。
だが
「最後、トッテーモアーク商事、11万ガルド!」
最後に大物が控えていたかぁ。
「負けちゃったか、でも大手じゃしかたないよね」
うむむ。トッテーモアーク商事か。多くの錬金術師を抱える国内有数の業者だ。
「いっひっひ、うちが落札のようですなぁ。皆さま方、無駄にご足労いただきありがとうございました」
頭のてっぺんが光っている背の低い男が、下品な笑顔で厭味ったらしく言い放つ。
「待たれよ」
そんな中、この場を取り仕切るジョシュアの声が響き渡った。
「トッテーモアーク商事は、別の入札で条件を満たすことができずに、現在取引停止となっている。それを忘れたわけではあるまいな」
「そっ、それは! あの納品はそちらも認めた所でございます」
「納期の遅れに関しては認めたが、あの火薬の質はなんだ! 仕様を満たしておらん! 王家を愚弄するならばこの場で切り捨ててくれるぞ? それに比べたらキッテのアトリエは小さな店ではあるが質は高いと聞き及んでいる。そなたらとは雲泥の差だな」
「ぐっ……」
次の言葉は出てこず、嫌味なおっさんは入口のドアをバタンと力強く閉めて部屋を後にしていった。
「それでは。入札の結果、本件は11万5,000ガルドでキッテのアトリエの落札とする」
「やったー!」
キッテは笑顔で立ち上がり、俺を上へ放り投げた。
屋根が高い部屋だったからいいものの、屋内で俺を放り投げるもんじゃないぞ。
落札が決まったので残った参加者も退室していって。
一人部屋に残った
「説明はここまで。期待しているよ、キーティアナ嬢」
ジョシュアは先ほどまでの凛とした声ではなく、優しい微笑みを浮かべてキッテの事を応援してくれる。
ジョシュアはキッテが小さいころからよく面倒を見てくれた、キッテにとっては頼れるお兄さん的な存在なのだ。
「はい! 任せてください!」
やる気に満ちたまなざしと、ふんす、と鼻息荒く頑張りを表現するキッテ。
お兄ちゃんにいいとこを見せようと張り切っている様子だなこりゃ。
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