008 第1話 今より少しだけ未来の話 その8
「こいつは……酷いな……」
王都から少し離れた場所にあるスウォードの森にあるナズ菜の群生地。
大きな籠を背負った冒険者ディクトを連れてそこにやってきた俺達だったが、目の前の光景はひどい有様だった。
普段はそこらかしこに自生して取り放題のナズ菜。
それが根こそぎ刈り取られ、根まで掘り起こされて地面はボロボロ、見渡す限りの荒野となっていた。
別の場所なら、と向かったカレス丘陵、メッテル盆地でも同じ光景が広がっていて、そしてわずかな量が自生しているラーズ草原にたどり着いた時、その原因が判明した。
「ちっ、ここはしけてやがんな」
数人の冒険者がナズ菜を採取していたのだ。
近づく俺達に気づいた冒険者。
「ん? 同業者か。お前らもナズ菜を取りに来たんだろうが、残念だったな。もうここには無いぜ。普段の相場の5倍となりゃ、刈らねえわけにはいかねえって、やってきたものの、冒険者がみんな群がったらこうなるわな。出遅れたのは痛かったが、それでもいつもよりは稼ぎがいいから、今夜はうまい酒が飲めそうだ」
そう言うと、冒険者の一団は去って行った。
「どういうこと? 分かる? ディクト」
「たぶんだけど、ナズ菜採取クエストの報酬がいつもの5倍になってるんだと思うぜ。おそらくはトッテーモアーク商事の仕業だ。
俺がギルドに行ったのは昼前だったんだけど、誰もいなくておかしいなとは思ったんだが……こんなことになっていたなんてな」
「そんなぁ……」
帰り道に僅かながらに採取したナズ菜を生成してみたけど、ポーション10個分にしかならなかった。
赤字だよぅ、と嘆くキッテに、今回はツケにしておいてやる、と依頼料を出世払いにしてくれたディクトだった。
ぶっきらぼうだがいいやつなのを俺は知っている。
◆◆◆
ポーションの材料を買う事も出来ず、採取することも出来ず、どん詰まりにぶち当たった俺達。効果的な解決策も思いつかないまま、時間だけが過ぎて行く。
手元にあった材料で作ることが出来たポーションは30個ほど。1500個には程遠い。材料の調達もさることながら、作り始めなくてはならない時間もタイムリミットが訪れようとしていた。
――チリンチリン
ああでもないこうでもないとキッテが頭を抱えている中、アトリエに来訪者を告げる鐘が鳴り響く。
「キッテちゃんいますか?」
そっと姿をのぞかせたのは、桃色の長い髪を後ろでくくって頭に白い帽子をかぶった白衣の女性。町医者アードン先生の助手のロムーザさんだ。
「ロムーザさん、どうしたんですか?」
カウンターにうつぶせていたキッテはパッと顔を上げる。
「あぁ、よかった。実はね……」
普段穏やかでたおやかで、大人しいお姉さんであるロムーザさんが、珍しく慌てながら話だした。
「ええっ! ポーションが売ってない!?」
「そうなの。どこを探しても売ってなくって、出入りの業者も仕入れができないって言うの」
「ぐえっ、ぐえっ!」
「うん。きっとトッテーモアーク商事のせいだね」
「それで、キッテちゃんのお店なら売ってないかなって思って……。ポーションが無かったら患者さんも治療できなくなってしまうわ」
病院で薬が無いっていうのは致命的だ。とはいえ、俺達にも――
「安心してください、少しですがありますよ!」
「ぐえっ!?」
「本当? 助かるわ」
お、おい、キッテ、そのポーションは!
言うや否や、キッテは工房の奥に引っ込むと、木箱に詰めたポーションを持ち出して来て、ロムーザさんへと手渡す。
「はい、これです。30個しかなくてごめんなさい」
そう言ってキッテは納品用に作っていたポーションを全部渡してしまった。
「ありがとうございますキッテちゃん。本当に助かるわ。これお代ね」
ポーションを受け取ったロムーザさんはニコニコ笑顔で帰って行った。
「ぐええ」
「いいんだよ、ぐえちゃん。困ってる人を助ける。私はそのために錬金術師になったんだから」
うん。分かってた。キッテならそうするって。
困った人を見たら助けずにはいられないって。うん。
俺もそんなキッテが大好きだ。その眩しい笑顔が大好きだぞ。
いつまでも眺めていたくなる屈託のない笑顔が終わり、キッテの表情は硬くなる。
「でも……許せないよね」
うん?
「アードン先生とロムーザさんの所だけじゃない。スーおばあちゃんも、冒険者のひとたちも、ポーションが無くって困ってるはず。
絶対に許せないよ! 私がポーションの納品に失敗するようにって邪魔するために、他の人にまで迷惑をかけるなんて! そんな悪い事、絶対に許せないよ!」
「ぐえぇ」
ああ。悪いやつらだ。自分達のためなら平気で他人にひどい事をする。
だけど相手は大手。ポーションの素材もポーション現品ですらも、辺り一帯の町から全てを買い占めるような圧倒的な財力の持ち主だ。
そして……次にキッテは、「絶対に許せない! 直接文句を言ってやるんだから!」って言うだろ。
「絶対にむぐっ!」
俺はキッテの顔に体を押し付けて、口をふさいだ。
「なにするのさ、ぐえちゃん!」
力技でどうにかなる相手じゃないんだ。冷静になれ。
「頭を冷やせっていうの? 分かってるよ。そんなことをしてもどうにもならないっていうのは分かってる。でもさ、私、悔しいの。困ってる町の人のために何もできないなんて、悔しいの! 錬金術師って困ってる人を助ける仕事なのに!!」
キッテの貯め込んだ想いが溢れ出し、爆発したその時だった。
キッテのカバンが強く眩い光を放ち始めたのだ。
「えっ! なに!?」
正確にはカバンではない。カバンの中のとあるものが光を放っていたのだ。
キッテは急いでカバンの中に手を突っ込むと、一冊の本を取り出した。
藍色の表紙に金字で装飾が施されている年代物の古ぼけた本。キッテの何世代も前のご先祖様、テレッサ・シャルルベルンが書いた本だ。
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