003 第1話 今より少しだけ未来の話 その3
そうこうしている間にも、キッテの木登りは順調に進んでいく。
人の背の高さ二人分を超えた辺り……横に広がり猫のいる場所へと伸びている太めの枝にまたがると、ずりずりと少しずつ体を滑らすようにして先端へと進んでいく。
太かった枝の付け根と比べて先端は徐々に細くなっており、その感触を確かめながらゆっくりと進んでいたキッテだったが、ようやく猫に手が届きそうな場所まで到達した。
「さあ、みいちゃん、怖くないよ、こっちにおいで?」
ゆっくりと手を伸ばすキッテ。だが、僅かながら猫には届かない。この距離だと猫が自発的に来てくれないと救出できないのだが、猫はキッテに怯えたのか、体をよじり、その手から遠ざかろうとしてしまう。
「おいでおいで、怖くないから。一緒に帰ろ?」
キッテの呼びかけも効果が無く、猫は一行に動く気配が無い。
となったら実力行使になる。無理やりにでも捕まえるしかないのだ。
キッテはさらに手を伸ばそうと、より一層体を前へと傾けて、体全体を使って腕の長さを伸ばして……そうしてようやく猫に手が届いたのだが――
――バギッ
不用意な体重移動によって、木の枝の耐荷重が15歳少女の体重に耐えきれなくなった。その音だ。
キッテが枝から落下する。その手に猫ちゃんを捕まえたまま。
落下先の地面は石畳。この高さでは打ち所が悪ければ大ケガをしてしまう。
俺はキッテを救おうと咄嗟に手を伸ばすが、短い手ではキッテの落下速度に反応しきれずに目の前を素通りしてしまった。
もう地面だ! せめて受け身をとって衝撃を逃がすんだぞキッテ!
と思ったところだった。
地面にぶつかる、と思ったその瞬間。何かがはじけたような音と白い煙と共に、キッテの真下には丸いクッションのようなものが出現していた。
膨らんだクッションが地面と接触し、クッションに落下の衝撃を殺された形となったキッテの体は二度三度上下に跳ねて……そしてクッションは最後の力を振り絞ったと言わんばかりに、勢いよく白い煙を吹き出しきってぺちゃんこになってしまった。
これ、煙じゃなくて、白い粉だ。
キッテの無事を確認するために急いで近づいた俺の体に粉が付着する。
粉の中を飛んでキッテの元にたどり着くと、俺と同じく白い粉にまみれたキッテと猫の姿があった。
「ぺっぺっぺ、もうー、真っ白。こんなに粉が飛び散るなんて思わなかったよ。素材を間違えちゃってたのかなぁ」
どうやらキッテも猫もケガも無く無事そうだ。良かった。
俺はほっと胸をなでおろす。
でも苦言を呈しておかないとな。無茶はほどほどにしないと。
「ぐえぇぇ」
「えっ? みいちゃんは無事だよ、ほら」
残念だがキッテには俺の言いたいことが伝わらなかったようだ。
真っ白な猫。いや、粉にまみれた猫を持ち上げるキッテ。
びろーんと体が伸びてすごく長い。
持ち上げられていたみいちゃんは体をよじってキッテの手から逃れると、地面に降りたち、体をブルリと震わせて粉をまき散らして、そして飼い主の少女の元へと戻って行った。
「おねえちゃん、ありがとう! じゃあね!」
少女はお礼もそこそこに笑顔と共に去って行った。
「うーん、ご先祖様はどんな材料を使ってたんだろう……。でも外側のモノケルタケの皮を広げるほどの大きな膨らみを瞬間的にっていったら……」
自分を救ったクッションの残骸を見つめながら、キッテは自分の体に付いた白い粉をはたいて落としていく。
この膨らんだのはもしかしてあれか。この前作ってた試作品――
じゃなくて、キッテ、急いでるんだろ?
「ぐえぇっ、ぐえぇっ!」
「そ、そうだった! はやくおばあちゃんの家に行かないと!」
そうそう、思い出してくれたか。お仕事お仕事。
「キッテちゃん、後は私たちに任せておきな。早く行ってやりなよ」
「ありがとうおばさん! 帰りに引き取りに来るね!」
聴衆のおばちゃんたちがすぐさま残骸と白い粉の掃除を始めてくれた。
いつもありがとうございます。
おばちゃんたちに感謝しながら、俺達は再び駆けだした。
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