004 第1話 今より少しだけ未来の話 その4

 大通りからいくつか通りを分けた先。こじんまりとした石造りの建物がいくつも建ち並んでいる。


「おばーちゃん、おはよー。遅くなってごめんねー」


 その中の一件の前に立ち、扉をノックしながらキッテはお目当ての人へと言葉を投げかけた。


  コンコンとノックしてから幾拍か。それなりに長い間を取った後、ギィィと音を立てて扉が開き、杖をついた老婆が姿を見せる。


「おやおや、真っ白じゃないか」


「あはは、途中で猫ちゃんを助けてたらこうなってしまって……」


 苦笑いをしながら恥ずかしそうにキッテが答える。


「さあ、おはいり」


 そう言うと老婆は粉だらけの俺達を家の中へと招き入れようとてくれたが、家の中が粉っぽくなってはご迷惑をかけるということで、手で払えるだけ払った後、家の中にお邪魔した。


「これで粉を拭きとりなさい」


 濡れた布をお借りして、帽子を脱ぎ、上着を脱ぎ、インナーだけの姿になって僅かに残っている粉を拭きとっていく。

 幸い、粉はすぐに拭きとれるタイプだったので、全身をくまなく拭いて、次に服に付いた粉もササッとふき取ってから、再び身に着けて。


 おっと、まだちょっと残ってるぞ?

 俺は布をもってキッテの後頭部についていた最後の粉を拭ってやる。


「ありがとう、ぐえちゃん」


 いえいえどういたしまして。

 

「綺麗になったようじゃな。さあ、これでもお飲み。冷たいよ」


「わぁ、ありがとう! 走ってきたから喉が渇いてたところなの」


 キッテはおばあちゃんから木製のコップに入ったお茶を受け取ると、ぐいっと喉の中に流し込んでいった。


「ごめんねおばあちゃん。お仕事で来てるのにこんなにお世話になって」


「いいんだよ。キッテの薬にはいつも世話になってるからねぇ」


「そう言ってもらえると嬉しいな!」


「長年いろんな薬を使い続けてきたワシが言うんだから間違いない。キッテの薬はよく効くよ」


「ありがとう! じゃあ、さっそくそのよく効く薬を塗ろっか」


 キッテは持ってきた肩掛けカバンの中からお目当ての薬を取り出す。

 お仕事というのはこの薬をおばあちゃんに届けることだ。


 キッテの職業は医者……ではない。


「この薬はね、チラキナ草とアルモモリの毛、ヌース粉を企業秘密でちょちょいのちょい、で作ってるの」


 そう、キッテは錬金術師。いろいろな素材を調合して薬を作ったり、魔法道具マジックアイテムを作ったりする職業なのだ。


「さすがは新進気鋭のキッテのアトリエの主だねえ。はす向かいのエンポリオ爺さんも、タラッサちゃんも、キッテのような孫が欲しいっていつも言ってるわ。マルシアさんなんか、孫のロベールとキッテを結婚させようとたくらんでるからねぇ。どうだい、ロベールの嫁に行くくらいなら、うちの孫と結婚しておくれよ」


「や、やだー、おばあちゃんったら、結婚はまだ早いよ。そ、それに、お孫さん好きな人がいるかもしれないし、恋愛って大事だし!」


「うちの孫なら問題ないよ。キッテの事が好きだって言ってたからねぇ。あ、これはナイショなんだったわ」


「ぐえー、ぐえー!」


 まてまてまてーい! 結婚の前にお付き合いからだ! それでいて、うちのキッテと結婚するに足る立派な男か見定めてからだ!  俺の目の黒いうちはキッテは嫁には出さんぞ!


「も、もう、ほら、恋バナはおしまい。さあ、おばあちゃんお薬塗れましたよ」


「おお、すまんね。まあ気が変わったらいつでも言っておくれよ。ワシは可愛い孫が増えるのは賛成だよ」


 あはは、と苦笑いをしながらも、てきぱきとカバンの中から薬を取り出して、数日間のおばあちゃんの備えとしておくキッテ。

 そんなキッテの様子を見ながら、あの小さかったキッテが随分と成長して腕を上げたな……なんて思いながら、俺はふよふよと浮かんでいるのだった。

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