いざ、物語へ 十
「よそから攻め込んで、地元の人間を奴隷にするために連れて帰って。占領した土地はてめえのもんにしてな」
「そうね、手始めにここの人たちを鬼の国に連れ去ったのかも……」
「は、ああやだやだ、鬼も鬼の国も」
羅彩女は顔を横に振る。
鬼の力は想像を絶するほどのものだとわかってきて、強気よりも嫌気が大きくなるのを禁じ得ない。
「中に入ってみるか」
源龍が言う。一見荒れてなさそうで、状況から察するに、突如として鬼が現れて、あっという間に人々をさらっていったようだが。
しかしこの衛兵は、深手を負いながらも残っていたのだ。もしかしたら、他にも残っている人がいるかもしれない。
香澄たちは衛兵に手を合わせて冥福を祈り。王宮の中に入ってゆく。船ではマリーと貴志にリオン、コヒョが残る。
「これ」
一旦船の中に入って言ったコヒョは、広い布を持ってきて。貴志はそれを受け取ると、地に降りて、衛兵に掛けてやり。改めて手を合わせて。船に戻った。
「いずこの地にも、勇者はいるものですね」
貴志がそう言うと、マリーたちは頷く。
この衛兵は必死の思いで鬼と戦ったのだろう。最後まであきらめずに戦い切った者こそ、勇者であると強く思った。
(だけど、本当ならこうならない方がいいんだよね)
勇者がいなくてもいい世の中こそ、理想なのだが。現実はなかなかに難しい。
貴志は短槍をよく見やった。
屋内や接近戦での戦闘を想定して作られた短槍で、貴志の背丈より少し短い。長柄のこしらえや、石突、穂の輝きを見るにつけ、相当な業物と思われた。
武具も突き詰めれば芸術的な美しさを持つ。
(出来れば使われずに、倉庫にしまわれた方が幸せなのかも)
武具は血を吸うほどに武具としての強さを得るような迷信もあるが、実際は、血や体液は付着すると武具を腐らせる。だからこまめな手入れが必要になる。
この短槍がどれくらい使われていたのか。そのこしらえの出来のよさを見るに、もしかしたらほとんど使われることはなかったのかもしれないが。
(使わざるを得ないか)
と思うと、短槍を見ながら、思わず首を横に振ってしまった。
しばらくして、香澄や源龍、羅彩女が出てきた。
「だめだ、ひとっこひとりいやしねえ」
と、苦々しくつぶやきながら船に戻ってきた。
「誰も?」
「ああ、『誰かいねえか』と呼びかけても返事ねえ」
「私たちを恐れて隠れたまま、というのもあるかもしれないけれど」
「この有様だと、奴隷として連れて帰りもせずに、ただ消した、ってのもあるかもねえ」
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