いざ、物語へ 十一
「じゃあこの土地はどうするんだろ、作物もよくできる畑もあるのに」
「……」
源龍(げんりゅう)は、ふと、庭の片隅にある井戸に目をやり。船から降りて、井戸のもとまで行き、水をくみ上げ。
それを一気に飲み干した。
「ちょっと源龍、なにやってんの!」
もしかしたら毒が投げ込まれているかもしれないのにと、羅彩女(らさいにょ)が慌てて船から降りて源龍のもとまで駆け寄る。
「かあ、うめえ~」
源龍はそんなのんきなことを言う。
「大丈夫だ、毒はねえ」
「もうほんと、びっくりさせないでよ」
船にいる香澄(こうちょう)たちも、最初驚き、次いで安堵する。本当に源龍は無茶をしたものだった。
井戸もよく掘れ、水も良質なもののようだ。
鬼にしてみれば喉から手が出るほど欲しい土地だろう。それを放置するとは、何を考えているのか。
「このまま放っておいたら、せっかくの作物がだめになってしまうよ」
とつぶやいてのち、ふと、思いいたることがあった。
「鬼はまさか、腐敗したものが好物とか……」
「あ、それはある、あるよ」
「そうだ、鬼になっちゃったら、好みまでおかしくなっちゃうんだ」
貴志(フィチ)の言葉に、リオンとコヒョが続けた。マリーは憂いのまなざしで周囲を見渡す。
「……」
誰も口にしないし、しづらいことだが、衛兵のなきがらも、放っておけば腐敗し無残なことになってしまう。が、まさか鬼は獣はおろか人の腐肉までも好んで食すのだろうか。
「仕方ねえな」
布の掛けられた衛兵を見て、源龍はあたりをきょろきょろ見回し。井戸から離れた庭の隅までゆくと、打龍鞭(だりゅうべん)の先を地面に突き立て、穴を穿つ。貴志も船から降り、短槍の石突で穴を穿つ。
手練れふたりの手によって、あっという間に人の入る穴が出来。いつの間にか降りた香澄と、羅彩女が、布の巻かれたなきがらを担いで。源龍と貴志も手伝い、丁重に安置し。穴を埋め。
改めて手を合わせ冥福を祈った。
それから、井戸の水で丹念に手と顔を洗い、うがいもする。これは死者を冒涜する意味ではなく、衛生上のことなのは言うまでもない。源龍と貴志はそれぞれの得物も洗った。
こんなことの出来る土地だからこそ、心無いものたちが付け狙うというのも、なかなか難しい現実であった。この短槍も案外使われているのかもしれないと、貴志は思った。
気が付けば、空は茜色に染まってゆく。陽が傾き、黄昏時を迎えていた。
リオンは船を飛ばし、海に戻し。山のふもとの港町の港に停泊させた。
船の中には水を湛えた水瓶や、保存食もある程度積み込まれており。人海の国のものに手を出す必要はなかった。
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