いざ、物語へ 六
「で、オレたちは行けるのか?」
「陸が見えたから、行けると思うよ」
「なら奴らのどたまをぶち割ってやるまでだ」
肩に担ぐ打龍鞭の柄を握る拳に、より力を込める。
陸は近づき、徐々にその近影がはっきりと見えてきて。緑の山の姿も見えるようになっていった。
「海に山の頂が浮かび、頂のふもとにたいらかなる地あり。人、そこに住まいて畑を耕し麦を育て。時に筆も持ちて、詩(うた)を詠み風流を楽しむなり」
香澄が人海の国の物語の一節を口ずさんだ。
「ふたつの月の下、人、行灯の火を灯し、詩を詠みて風流を楽しむ。酒に酔うより、ふたつの月、行灯の揺れる火に風情を見出し、それらに酔うを楽しむ」
「んまあ、本当に風流だねえ」
羅彩女は感心しきりだ。
「オレにゃ無理だな、そんな生活」
源龍もその風情を楽しむのを評価しつつ、苦笑しながら合わぬと言う。
マリーは、香澄が詠うように一節を口ずさむのを聞いて笑顔になる貴志の横顔に、好感のまなざしを向けた。
「貴志さんの心の中の風景でもあるんでしょう。よくご愛読されていたんだし」
「そうですね。おとぎ話とはいえ、人海の国は、憧れの国です」
「ひたってるとこわりいが、戦は弱そうだな」
「……そうだね」
人海の国の物語は、いつ、どこの誰が書いたのかわからない。貴志が物心ついたころから、書に描かれ、あるいは口伝として語り伝えられていた。
いつの時代かわからないが誰かが、争いのない平和な国を夢想し、それを書いたのかどうか。
「まあ戦なんざするよか、昼寝でもしてる方がましってもんだな」
「でもあんたそんな生活無理でしょ」
「そうだな、まあ、戦がねえならねえで、あっちこっちほっつき歩いて、貴志みてえに言えば、見聞を広めるのも悪くねえかもな」
「ああ、それはいいことだね。僕も付き添いたいくらいだ」
「よせよ」
貴志は高貴な身分の家に生まれ、生活の不自由こそないものの、旅に自由はなかった。だから源龍のように、気軽に旅をすると言うことに、羨望を禁じ得なかったが。
源龍の反応はつれないものだった。
「どうせうるさいのもまとわりつくってのに、そこにお前まで……」
「うるさいのって?」
源龍の言い方に羅彩女が目をとがらせて突っかかる。
「まあ、そういうことだ」
「そういうことだ、じゃないよ」
ふたりの掛け合いに、他の面々は好もしいものを覚えた。なんだかんだで、このふたりは仲がいい。
(なるほど、間に入る野暮はすまい)
と、貴志は思った。
「静かね」
香澄はぽそりとつぶやいた。
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