いざ、物語へ 五

「てめえの食い分を分けるような真似なんざしたら、餓(かつ)えて死ぬぜ」

「え、じゃ、じゃあ、でも、それじゃあ」

「言いたいことはわかるがな。結局、出ていけるもんなら、出ていくしかねえんだよ。故郷(ふるさと)なんぞ、贅沢品にもほどがあるってもんだ」

「そんなに……」

 故郷が贅沢品だなんて。源龍は流民として生き、故郷を持たぬ根無し草として生きてきてはいたが。貴志には想像を絶することだった。

 そういえば、かつて、国に忠誠を尽くすのは阿呆のすることだという言葉に、源龍はおおいに賛同したものだったが。故郷を持たぬ生き方をしてきた源龍だからこそ、国のためにという考えこそ理解出来ないことなのだ。と、貴志は思った。

 ともあれ、鬼とは鬼の念に取り憑かれた者で。鬼の国はこことは異なる異世界で、時空の穴を通り異世界の豊かな国を襲う、という風に考えをまとめられた。

 それからしばし、思い思いにくつろぎ、時を過ごした。

「陸が見えてきた!」

 空に浮き上がって、進路先を確認していたコヒョが、手を伸ばし人差し指を差し、皆に陸が見えたことを伝えた。

 皆、思い思いにくつろいでいたのが、立ち上がって、船首までゆき。その遠くの先を見据える。

 うっすらと、島が、陸地が見える。コヒョも甲板に戻る。

「あれが、人海の国……」

 貴志はぽそりとつぶやく。理想郷としておとぎ話で語られる架空の国だと思っていたが、異なる世界にて実在していたとは。

 武よりも文を重んじる風土に、貴志は興味津々だったが。

「でもさあ、他の船は?」

 羅彩女が言う通り、陸が近いなら、他の船を見かけてもよさそうなものだが、一隻も見かけない。

「まさか、もう……」

「それでも一隻もいねえってな、おかしいだろうがよ」

 源龍の言う通り、すでに鬼に襲われているにしても、逃げる船などあってもよさそうだが。

「もう異変は起こっているのね」

 香澄は憂えて言う。

「結界でも張ったかな」

「あるかも、邪魔が入んないようにね」

「そんなことまで」

 リオンとコヒョが言い、マリーと香澄が頷くのを見て、貴志は絶句する。

「そんなことができるのか」

 と、思わず眉をしかめる。懐の筆の天下に触れ、あることを確かめつつ。リオンから託された、世界樹の弓矢を携える。

 リオン曰く、

「この矢を当てて、内なる鬼をやっつけないと、オロンを助けられないんだ」

 空を見上げる、雲は少なく青空が広がる。またあの時のように、鬼と化したオロンが浮かんでいないかと思ったが。その姿は見かけなかった。

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