夢は覚めず 七

「本当にいいの?」

「うん、行くよ」

「月がふたつある、本当に異世界の国よ」

「え……?」

 月がふたつある異世界の国だと?

「そこに人はいるのかい?」

「いるわ。この世界と違うところもあるけれど、同じところもあるわ」

「その国はいい国なのですが、鬼はその国を狙い続けているのです」

 マリーがそう言葉を足す。鬼に狙われる、月がふたつある国とは。

「じゃあ、鬼の国は……」

「不毛の地」

「不毛の地?」

「だから、豊かな、月がふたつある国を奪い取ろうとしているのよ」

「そうなんだ……。で、そのふたつの国の名は?」

 香澄ははっとして、

「私としたことが」

 と、ぺろっと舌を出して、苦笑する。

「鬼の国は、そのままの鬼の国。名すらない、不毛の地だから」

「……」

 なんとも救いのないひどいありさまな国のようだ。そしてもうひとつは。

「人海(ひとうみ)の国」

 貴志はそれを聞いて、はっとして別の本棚のもとまでゆき、一冊取り出した。

 その本は、人海の国物語という題名の本だった。

「おとぎ話に出る国の名と一緒だ。これは偶然なのかい?」

 貴志は驚きを隠せない。

 人海の国は、はるか遠いところにあるという島の国で、そこに暮らす人々は山海の恵みをおおいに受けているという。また農業も盛んで麦や桃もよく育ち。

 海の幸山の幸に恵まれ、人々の生活はおおむね豊かであるという。

 さらに、月がふたつ。

 片方は満月、もう片方は三日月。それが夜ごとに月のかたちが入れ替わるという。

 さらに文化的にも豊かで、さまざまな物語や、歌舞演劇も創作され。また学者や僧侶など、剣よりも筆を主に携える文人をよく輩出するという。豊かで平和な国。

 そんな、人々の思い描く理想郷が物語として語り継がれて。こうして書物にも書かれていたのだ。

 これらのことを簡潔にながら話すと、まさにその国だと香澄は言った。

「本当にある国だったんだ!」

「ほら、異なる世界同士、つながるでしょう。それは今までのことでわかったはずよ」

「そりゃあそうだけど」

 まさかおとぎ話で聞いた国も本当にあって、それを鬼が狙っているなんて。経験を積んだとて、そんなこと容易に想像しえるものではなかった。

「鬼は、かつて遭遇した屍魔とは違うんだね」

「そうね。屍魔はその言葉の通り、屍の魔物。一度死んだ者が魔物になる。鬼ははじめから鬼という生ける者」

「種類は違うけれど、刑天のようなもので、コヒョと同じような」

 香澄とマリーはうなずく。

 コヒョはかつて刑天という魔物だった。

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