夢は覚めず 六

 もちろんやましい関係ではないが。人の口に戸は立てられぬもの。もし見られたら変な噂が起こりかねない。

 いや、そういうのではなく。なぜ香澄は貴志の部屋に来ようとしたのか。

「香澄!」

「マリー、久しぶりね」

 ふたりは互いに笑顔を見せ、再会を喜び合う。もっとも、素直に喜べる理由ではないのだが。だからすぐに真顔に戻った。

「でもどうして僕の部屋に?」

「感じたのよ。来てる、って」

「はあ、なかなか鋭いものだね」

「貴志、筆はある?」

「ああ、いつも持ってるよ」

 と、懐から筆の天下を取り出して見せる。

 香澄は紫のチマチョゴリをまとい。鞘に納まる七星剣を持っている。武具は警護の兵に預ける決まりなのだが、前もって返してもらったようだ。

 香澄は信用度も高いから、屋内で携えても注意をされることもなかった。

 服はここでもらったものだが。七星剣は香澄の存在を象徴する得物だった。

 その剣を携えているということは、いつでも出立できるという構えを見せていることだった。

「源龍と羅彩女さんは」

「……ふたりは、もう解放してあげましょう。今まで付き合わせすぎちゃったから」

「……うん」

 で、その代わりに僕なのかい? と、なんだか苦笑する気持ちは禁じ得なかった。

「って言うか、どうやってあの、鬼になっちゃった子供を探すんだい?」

「どこにいるかは、目星はついています」

「こことは違う、異なる世界の国」

「異なる世界の国……」

「そこに鬼が来るわ」

 自分たちの言う、鬼(き)とは違う種類の存在の、鬼(おに)。

 それはどのようなものなのだろうか。

「鬼は、ただ食らうばかり。食らうことしか知らない」

 と、香澄は言った。

「魔物?」

「そうね。食らうために、奪い、殺す」

「ううむ」

 そのような魔物の存在はいずこの地もあるのだが。逆に言えば魔物のいない地はない、ということか。

 なかなか、難しいことだと、貴志は考えた。

「鬼も手強い存在です。香澄や貴志さんたちでなければ……」

 マリーはか細く言い、そこに隠しきれない不安が漏れ出た。

「私だけで大丈夫」

 香澄は言う。

「貴志も、休んでて。終わったら知らせるわ」

「いいのかい?」

 そう言われても、安堵を覚えられない。

「僕も行くよ」

 ふと、そんな言葉が出た。

「戦いは剣のみでするにあらず、だよ」

 と、筆の天下を取り出して、見せた。

 香澄とマリーはそれを見て、好もしい印象を湛えた笑顔を見せた。その身分に驕ることなく、人のために戦うこともいとわない貴志には、好印象しかなかった。

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