43 反芻してみよう
目を覚ましたとき、あたしがいるのは家の中だった。
父の膝に跨がり、硬い胸元にべたりと顔を埋めて眠っていたみたいだ。
見上げると、父の目は開いていた。寝台の脇に背中を預けて床に足を伸ばし、ただぼうっと視線を上に向けている。
思い返すと、みんなであの大きな魔獣を倒したところまでは覚えていた。その後あたしは疲れ果てて、父の背中で眠り込んでいたんだろう。
父もおそらくはその後の始末を終わって、ようやく家に帰り着き座り込んでいる、というところらしい。
もぞ、と動くと、どこかぼんやりした目つきが下りてきた。
「お、目が覚めたか」
「……ん」
「疲れただろう。たいへんだったよな」
「あのまじゅう、たおしたんだよね?」
「おお、まちがいなく死んでいた。村のみんなで死体の後始末をして、帰ってきたところだ」
「よかった」
「おお、お前のお陰だ」
「……ん」
まだ頭がはっきりしない感覚で、ぐしぐし頬を擦りつけてしまう。
父の胸元は汗臭く、帰ってから身体も拭いていないみたいだ。何となくそれに安心して、ぐしぐし頬を擦り続ける。
「うまく、いった?」
「ああ。思った以上だ」
「そか」
「本当に、お前のお陰だ。小さなイェッタが、村を救ったんだぞ」
「……ん」
「まだまだ練習は必要だけどな。二人で力を合わせれば、村を守ることができる。かなりの手応えを掴んだ感じだな」
「だね」
ここしばらく、家の中で、林の中で、父と練習を重ねた結果だった。
最初は、家の土間だ。
何度も練習工夫して、あたしは水魔法の球を多少潰した形で、そこそこ離れた場所にでも出現させることができるようになっていた。
出現させるだけなら、かなり透明で、しっかりした形を保って、十ミン(秒)程度見当空中に静止させることができる。
拳大の水球を少し潰して立てた格好で、壁に立てかけた薪の前に静止させ、あたしは父に呼びかけた。
「ひかり、ここにほしょく、とばしゅべし」
「細く、すればいいのか?」
首を傾げながら、父は光魔法を細く放ってくれた。
何度か調整、水球の潰し具合や薪との距離を取り直して。
横から覗き込んで薪への光の当たり方を確かめ、ちょうどいいところで数ミン待つ。
やがて、十ミン足らずの光照射で、薪から煙が立ち昇ってきた。水球を消すと、小さな火が点いているのが確かめられる。
「な、何だこりゃ? これで火が点くってのか」
「あい」
「どういうわけだ? その、お前が作った水球のせいか」
「ん。ひかり、あちゅめてちゅよくすりゅ。れんじゅ、っていう」
「集めて強く? レンジュ?」
「ちがう、れんじゅ」
「だから、レンジュ」
「れんじゅ!」
「あ、ああ――レンズ、か」
「そ、れんじゅ」
何となくの感覚で『知識』が伝えてきた現象と名称で、この世に同じようなものがあるかも分からない。父の経験では見たことも聞いたこともないようなので、ふつうにはないと思ってよさそうだ。
ということで、他に呼びようも思いつかないので、これを『レンズ』と名づけておくことにする。
さらに父と調整を重ねて、細めた光が百五十ミター(ミリメートル)程度先で焦点を結ぶように、水球の厚みを定めた。
つまりはこれで、あたしが対象の百五十ミター手前にこの厚さの水球レンズを出現させ、すかさず父が細い光を照射すれば、魔法を保つ十ミン足らずで引火レベルの障害を与えることができる、ということになる。
動物の目を狙えば、おそらく一瞬でもほぼ失明させることができそうだ。
水球は距離二十ガター以内であれば、ほぼ正確に出現させられる。光照射は最初命中しなくても、一、二ミンの間に位置調整できる。火や水を飛ばすのに比べて到達速度は桁違いだし、風などの影響もほとんど受けない。
そういう確認のやりとりをして、父はほぼ蒼白に見えるほどの強ばった顔になっていた。
「凄え。これ、ある意味最強の攻撃方法になるんじゃないか」
「かも」
おそらく、動物の目がこちらに向けて開いている限り、まず防御は不可能だ。
魔獣などがいくら表皮や筋肉などを強くしていても、目がものを見る器官で光を取り入れている限り、一瞬のタイミングでこれを弾くことはできない。
たぶんこれが通用しない相手は、モグラやミミズの仲間くらいなのではないか。
「大事なのは、二人で息を合わせることだな」
「ん、だね」
その、息を合わせるために、土間と森の中で練習を重ねることにした。
野兎や野鼠を見つけ次第、間髪を容れず攻撃できるように、試行をくり返す。
攻撃箇所は基本、相手が正面を向いていたら右目、横向きならこちら側の目、と決める。
あたしが「オータ」と呼びかけながら、目の百五十ミター手前見当にレンズを出現させる。
呼びかけと同時に、父はそれへ向けて光を照射する。多少逸れてもやはり、一、二ミンの間に位置調整できる。
この手順で、足を止めている兎や鼠相手なら、即死するくらいの効果を上げることができた。目からその奥の頭の中まで、焼き通すことができているんじゃないか。
「確かに、十分な威力だな」
「だね」
「もっと大きな猪や熊なら即死までいかないかもしれんが、かなりの障害を与えることができそうだ。突進を止めてあとは剣で止めを刺す、というところまで持っていけるんじゃないか」
「うん」
「問題は、もっと左右なんかへの動きが速い相手だな。レンズを出して光を当てるまでの間に動いて逃げられたら、効果が上がらない」
「そだね」
「その意味では、今問題にしている猿魔獣には不向きかもしれん。とにかく動きの速い奴だから」
「そっか」
「まあ猿の数十匹相手なら、今のみんなが力を合わせる方法で何とかなるだろう。とりあえずこれは、図体がでかい奴対策として練習を続けていくことにしよう」
「うん」
そうしてさらに数日、野兎と野鼠相手に練習を続けてきたんだ。
結局いちばん肝腎なのはあたしがレンズを出すのに遅れず正確に光を当てることになるので、父は真剣に取り組んでいた。
その成果もまだ、十分とは言えなかったんだけど。
あたしを胸に抱いたまま、父はこの日の戦闘を振り返ってまた大きく息をついていた。
「あの大猿にはもうレンズを使うしかないと覚悟していたんだが、とにかく動きが激しくて狙いのつけようがなかったもんなあ」
「だよね」
「最後の最後、かなり動きが止まってくれて、何とか使うことができたわけだが」
父が剣を手放して、膝をついてしまった。
それで勝利を確信して、ボス猿はじっくり狙いを定めるつもりになったんだろう。
そうして最後に棒を振りかぶった、その瞬間に顔の動きが静止して、レンズを出現させる機会が生まれた。
本当にぎりぎり精一杯で成立した、反撃だったんだ。
「あんなこと、もう二度とやりたくねえ。イェッタも一緒に絶体絶命の危機に陥っていたんだ」
「オータだけでも、だめ」
「ああ、そうだな」
――本当に、うまくいってよかった。
胸に顔を押しつけて、あたしは深々と父の匂いを吸い込んだ。
なおこのレンズによる攻撃の方法は、他の人に伝えないことにしていた。
まだ確実性に乏しいこと。今後あまり当てにされても困る。
光適性の者は少ないので、他の人に真似させることもできない。この村で光適性は、あとヨッヘム爺さん一人だという。
水適性の者にレンズを理解させて実現させるのも、かなり難しい。
もし条件が揃って伝授できる対象ができたとしても、これを広めるのはためらわれる。他の魔法攻撃に比べて、殺傷能力が高すぎるんだ。へたな相手に、教えたくはない。
――といったことが、理由だ。
この辺はまだまだ、二人で研究を深めてからさらに考えよう、と話し合っている。
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