34 着想と実践

 娘の言うことには、半信半疑だが。

 試してみることについて別に問題はなさそうだ、とライナルトは胸の内に頷いた。

 指先に炎を生み。「周りのものも一緒に」と念じて、普段より慎重に水平に手を振る。

 慎重になった分速度は落ちたが、特に成功の手応えはなく壁際で火は消えた。


「難しい。というか、うまくできるかどうかもよく分からない」

「むりかな」

「何度かやってみなければ、何とも言えないな」


 二度、三度、くり返してみて、もしかすると錯覚かもしれないがあるいは手応えか、という感覚を覚えた気がした。気のせいか、飛ばした火が勢いを保っているような。

 さらに、慎重に。火球を生んで水平に振る右手に、横から包むように左手を添えてみた。

 壁に当たり、今までになく火は、ぶわ、と大きく弾けていた。


「うまく、いったか?」

「かも」


 さらに数度確かめて、まちがいなく従来より火力の鈍りが少ない手応えを覚えていた。

 今は石壁相手だからそのまま弾け消えているが、燃えやすい木などなら引火しているかもしれない。


「よし、これで明日、外で試してみよう」

「……うん」


 横に目を転じると、ぽてりと娘がもたれかかってきた。

 まだ早い時刻だが、眠くなってきたらしい。

 もしかして、いつも以上に話したり考えたりで疲れたのだろうか。


「わ、こら、まだ寝るな。夕食と風呂がまだだぞ」

「……うん」


 半分目を閉じたような赤子に乳を飲ませ、この日は早めに床に着かせることになった。

 翌朝。前日と同様に森の探索目的で家を出て、ライナルトはまず訓練場の木の的に向かってみた。

 負った赤子に、声をかける。


「少し確かめてから出かけることにするからな」

「うん」


 的から二十ガータの線に立ち、昨日のように両手を振って火球を放つ。

 狙い通り、勢いを保って火は飛んだ。

 しかし的の丸には当たらず、軸の棒の部分を黒く焦がす結果になった。

 二発目は、的の右を掠って向こうに落ちる。

 三発目は、逆の左に外れた。


「今までこの距離だとほとんど木を焦がすこともできなかったのだから、火力の弱りが少ないのは確かだな。しかし両手を使った分要領が違って、狙いを外れやすい」

「だね」

「まあそこは、今後の練習次第か」

「うん」

「森で野鼠や野兎を見つけたら、そこでまた試してみよう」


 背中を揺すり上げて、出かけることにする。

 前日と同じ道を辿り、川に沿って登る。

 水汲み場へ来たところで、小さな手が肩を叩いた。


「ね、ね」

「どうした」

「どして、みじゅくみ、ここ?」

「ん? ああ、水汲みするのにもっと川で近いところがあるのにってことか」

「うん」

「そこ、あっちの森から流れてきた川と合流しているだろう。そこで悪い虫が入って、飲めない水になってしまうんだそうだ」

「ふうん」


 説明が難しいかと案じたが、予想外に理解したようだ。

 何とも妙な沈黙で、娘は何か考え込んでいる。

 柵の木戸を潜り、わずかな空き地を抜けて森に入る。

 しばらく木立の中を歩いて、見つけた。二十ガータ少し先の見当で、まだ疎らな藪の中に黒っぽい野鼠がうずくまっている。


「好都合だ。試してみるか」

「うん」


 気づかれないように、声も足音もひそめる。

 射程距離に近づき、両手で火を放つ。

 小動物の尻の辺りに弾け、わずかに毛に引火したようだ。

 キュア、と声を上げて、野鼠は転げ回った。

 一足飛びに駆け寄り、剣で頭部を打って絶命させた。


「うん、これまでより威力があるのはまちがいない」

「だね」

「しかしやっぱり命中率は落ちる。頭を狙ったのに、当たったのは尻だ」

「そう」

「それもやっぱり、慣れ次第だな。もっと何度か試してみよう」


 さらに何度か、野鼠や野兎を見つけて同じ攻撃をしてみた。

 何とか当たるにせよ、従来は頭部に命中していたものが、臀部や腹部になるのがせいぜいというところがもどかしい。

 二匹ほどは初撃を外して逃げられてしまった。


「まだまだだな。それに野兎は毛皮が売り物になるから、腹の辺を焦がしたら価値が落ちてしまう。このやり方は考えものかもしれない」

「そうなの」

「毛皮の価値を下げないように、ふつうは頭を狙うんだ」

「ふうん。じゃあ――」

「何だ」

「ちょくせちゅ、あたまにひをつけりゅのは?」

「はあ? 何だ、火を飛ばすんじゃなく、直接頭のところに出現させるってことか?」

「うん」


 考えたことが、なかった。

 魔法の攻撃は、火も水も飛ばしてぶつけるもの、とほぼ決まっていたのだ。

 しかし言われてみれば、約二十ガータ先に直接火や水を魔法で出現させることができる。薪などに引火する目的なら、そのやり方の方が火力衰えていないし的を外さないので適している。

 獣に対してぶつけるのではなく毛に火を点けて昏倒させる目的なら、それもアリなのではないか。


「やってみよう」

「うん」


 少し歩いて、野鼠を見つけた。

 二十ガータ見当まで近づいて、頭を狙う。火を出現させ数ミンそれを保つと、頭部の毛に引火したようだ。

 のたうち回る相手に駆け寄り、止めを刺す。


「いけるな」

「だね」

「しかしこれは、相手がほぼ止まっていないと難しい。頭に火を点けても、素速く逃げられるとすぐ消えてしまいそうな手応えだ」

「そう」

「これは、使い分けだな。相手が止まっていたら、今のやり方。そこそこ動き回っているなら、今までのやり方で火をぶつけて足を止める。こっちに向かって突進してくるなら狙いをつけやすいから、両手で火力の強いのをぶつけられるって感じか」

「うん」


 頷きながら、足を進める。

 またしばらく歩き回って、不意に気配を感じた。

 まだかなり遠いが、野兎がこちら向きに疾走しているのが見えた。


「これは、両手だな」

「そこ」


 いきなり背中から小さな手が伸び、少し前方を指さした。

 胸の前、五百ミター(ミリメートル)先、という見当か。


「そこに、おもいきりとばしゅべし」

「思い切り? こうか」


 やりとりの間に迫り寄り、野兎は二十ガータほど先まで来ていた。

 考える余裕もなく、ライナルトは力を込めて両手を振った。

 慌てた分狙いを外したか、という手応え。

 だが、放った炎は軌道修正したかのように真っ直ぐ、獣の頭部に突進していった。

 大きく弾け、頭に炎が上がる。転がって、野兎はのたうち始める。

 小走りによって、ライナルトは剣を振るった。

 焦げたのは、見事に兎の額部分だけのようだ。


「え、お前今、何かやったのか?」

「うん」


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