35 助言してみよう
「何をやったんだ?」
「かじぇ、のみち」
「え、何だ――風、の、道?」
「うん」
「風って、風魔法か」
「うん」
あれからしばらく自分で確かめて、あたしは風魔法を使えることを確信した。
ただほとんど、他人に対して「できるぞ」と誇れるほどにはならない。
まちがいなく指の先付近に空気を膨らませたみたいなのを作れていると思うんだけど、それを飛ばすのがうまくいかないんだ。
飛ばすことができないんじゃ、誰も風とは認めてくれないだろう。
その点では水も同じだけど、拳くらいの大きさの球を作ることはできているみたい。
それからそれを、ある程度変形することはできている。この点では、水よりも空気の方が自由度が高い感触がある。
水だと、球の形から少し潰すことができる。それが空気だと、もっと平べったいくらいまでできているみたいだ。何しろ目に見えないので、触って確かめる範囲内なわけだけど。
風魔法で作り出されるのは、空気が少し周囲より手触りを持つ、何と言うか濃くなったような感じのもので、そっと手で探れば形を知る程度はできるんだ。
数日練習して、あたしはそれをそこそこの薄さ、細長い感じに変形することができるようになっていた。
「風魔法で、何ができたっていうんだ。道?」
「これ、わかりゅ?」
父の胸近くの辺りに、もう一度同じものを作ってみる。
言われて、父はそっと両手でその辺を探った。
当然ながら十ミン程度で消えるので、出現をくり返す。
「あ……うん、何かあるな」
「くうき、うしゅく、ほそながく、する」
「う――む」
「しゅこし、まりゅくして、ひ、のりやすくしゅる」
「ん、ん――?」
口で説明しにくいのだけれど、家の軒のところにある
幅は火球の半分程度で、長さは一ガター近くなっていると思う。目に見えないし赤ん坊の手では端まで届かないので、想像というか感覚というか、だけど。
何度か説明、手で触れさせ、をくり返して、何とか父は理解に近づいたみたいだ。
「つまり、そんな細長いやつを目標に向けて伸ばして置いたから、載せた火が真っ直ぐそちらに飛んでいくわけか」
「うん」
火の方向を変える分飛ぶ勢いは弱まるのかもしれないけれど、もともとほとんど同じ方向に向けて飛ばしているのだから、誤差の範囲だろう。
とにかくもこれを使えば、方向だけは正確になる。
火力を落とさないコツを掴んだ上で、細かい狙いよりも勢い重視で飛ばしてこれに載せれば、かなりの威力が期待できるだろう。
「なるほどな。うまくいけば、使えそうだ」
「うん」
それからしばらく、父とあたしはこれの練習をくり返した。
野鼠や野兎を、見つける。
父が「行くぞ」と宣する。
あたしは「風の道」を作り、父は火球を用意する。
あたしの「あい」という合図で、胸先五百ミター見当を目がけて火力と勢いをつけた球が飛ばされる。
一ガター程度を滑走、そのまま一直線に飛翔して、火球は獲物に命中する。
大きく弾けて、頭が炎上。獲物は転がりのたうつ。
素速く駆け寄り、父が止めを刺す。
「よし、うまくいくな」
「うん」
「二人の息が合っている分には、完璧だ。当分はこれで狩りを続けていこう」
「おーー」
この日も結局、野鼠と野兎を合わせて十匹以上狩ることができた。
さらにあたしが提案して、頭を焦がして失神させた野兎三羽を生きたまま袋詰めにして持ち帰った。
いつものように肉は村人に分け、使える毛皮は我が家に保管する。そのうち行商人が巡回してきて、買い取ってくれるのだそうだ。
生け捕りの三羽は、家の前に紐でつないでおく。
午後からはまた、男たちの鍛錬。
天気がいいので、あたしたちも外に出る。
この日は加えて、参加者の妻たちやツァーラも集まってきていた。
最近になって、あたしもこの村の人たちの顔と名前が少し分かってきた。
四十過ぎらしい男たちが、マヌエルとオイゲン。父より若いらしい男たちが、ケヴィンとイーヴォ。
前に託児の手伝いに来ていたけれど、ケヴィンの妻がフェーベ、イーヴォの妻がライラという。
コンラートがマヌエルの長男、ツァーラがオイゲンの長女らしい。
これにロミルダを加えた面々が、今日は集まっている。
男たちのうち、オイゲンとイーヴォ、コンラートが火魔法を使う。マヌエルとケヴィンが水だ。
魔法訓練の時間になると、父は火魔法適性の三人を集めて説明を始めた。自分でも身につけたばかりの「火と一緒に周りの燃えるものを飛ばす感覚を両手で行う」攻撃法を伝授するのだ。
なかなか理解しにくいようだけど、何とか三人は見様見真似で練習を始めた。
その様子を確認して、あたしは目を転じる。
すぐ傍に立っていた女性に、声をかけた。
「ロミ、ロミ」
「あらイェッタちゃん、あたしの名前覚えてくれたんだ、嬉しいねえ」
ロミルダは笑って、すぐにこちらを向いてくれた。
その腕をぽんぽん叩くようにして。
「ロミ、てきせい、みじゅ?」
「あれま、適性なんて言葉、よく覚えたもんだねえ。そうそう、あたしは水適性だよ」
「あしょこ」
指を差す。
二十ガターほど離れた家の軒先に、今日生け捕りにした野兎三羽を紐でつないでいるんだ。
少し元気を取り戻し、短い紐の許す限りでごそごそ走り回っている。
「あしょこ、みじゅ、だせりゅ?」
「あの野兎のところに、水をかい?」
「うん。うしゃぎの、くちのなかに、だしゅべし」
「はあ、口の中?」
「できりゅ?」
「そりゃあ、できるかもね。やってみようか」
つながれた野兎は苦しいのか、いつもより大きく口を開けて動いている。
その一羽へ向けて、ロミルダは手を伸ばした。
一瞬後。
クワア、と妙な声を上げてその一羽はひっくり返った。
口から水を溢れさせ、そのままクホクホと咳きこむみたいにしている。
「え、え、何?」
「何をしたのさ、ロミルダ?」
少し離れていたフェーベが寄ってきた。
今のロミルダの動作を見ていたらしく、苦しむ野兎と交互に見比べている。
「フェーベは、みじゅ? ひ?」
「え、ああ、あたしは火適性だよ」
「あのうしゃぎ、あたまに、ひ、ちゅけて」
「え?」
唐突なあたしの要求に戸惑いの声を上げ、一度ロミルダの顔を見てから、フェーベはそちらに手を伸ばした。
咳き込みのたうつ野兎の頭に、いきなり火が燃え上がる。
キーキーと悲鳴を上げてさらにのたうち、やがてその野兎は動きを止めた。
「え、え?」
「それ、しめてあげて」
あたしが言うと、首を傾げながらフェーベは近づいていく。
取り出したナイフで首を斬り、止めを刺す。
そうしてから改めて、首を傾げてロミルダと顔を見合わせていた。
「つまり、何だい。あたしの水とフェーベの火を組み合わせたら、これだけ離れて野兎を狩ることができる?」
「そういうことだねえ」
「でもこれ、火だけでもできるんじゃないの?」
「いやさ、頭に火を点けるのには少しばかり時間をかけるじゃない。野兎が走り回っているんじゃ逃げられちゃうから、難しいよ」
「ああ、そうか。水を口の中に入れるだけなら一瞬だから、動いていても狙いをつければ成功するかもしれない。あれ、喉に水が入って咳きこんじゃった感じかねえ。でもしばらくしたらまた起きて走り出すかもしれないから、その前に火で止めを刺すのがいいわけかい」
「だねえ。水で苦しんでいる間に駆け寄って、刃物なんかで仕留めてもいいかもしれないけど」
「いや」ロミルダは首を振った。「野兎を一羽ずつ狩るんなら、それでもいいかもしれないけどさ。今みんなで考えなくちゃならないのは、猿魔獣の群れなんだから。離れたところから、完全に殺さなくてもいいから、とにかく一匹ずつでも動かないようにさせるのが大事なんだ」
「ああ。それなら、水と火を組み合わせれば、それができると」
「そうだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます