33 考察してみよう

 初めて村の外に出て森の中を回ってきたんだけど、それほど疲れはなかった。まあ、ずっと父の背中におぶわれていただけなんだから、不思議もない。

 午後の鍛錬の時間になると、あたしはいつものようにロミルダに預けられた。

 これも習慣のようになって、女の子たちで集まり絵本を読んでもらってから、頃合いを見て外に出る。

 木刀の素振りだけだと見ていても退屈だけど、その後の魔法の練習はそれなりに興味深いんだ。

 基本、単純に木の的に向けて火や水の球を飛ばすだけなんだけど。父の指示で的までの距離を二通りに分けて、それぞれ精度を高めようとしているようだ。


「素速く慎重に狙いをつけるんだぞ」

「おう」


 父の説明によると。

 対象の突進を緩めたり群れの統率を乱したりの目的のために、およそ二十ガータ離れて魔法を使う。ただこれは離れた分威力が弱いので、相手を脅したり不快に感じさせる程度の効果しか望めない。

 ある程度効果を高めるためには、十~十五ガータ距離からの攻撃になる。少しは傷つけたり足を止めたりの効果が望めるが、これを外すと一気に飛びかかられる恐れがあるので、その後の対処も身につけておかなければならない。

 猿魔獣相手なら、この瞬間に木刀で脳天を狙う。

 野兎程度ならこれも同じ対処でいけるだろう。

 猪などのような大きな相手なら、脳天への木刀攻撃では通じない。魔法で足を緩ませて、すぐに逃げる算段をすべきだ。


「よし、行けえ!」


 コンラートが大きく手を振って、火球を飛ばす。

 二十ガータ先の的に、見事命中。小さくなった炎が弾け、すぐ消える。

 わあ当たった、と見学に来ていたツァーラが手を叩く。

 当たったものの、木の的にほとんど焼けた痕も残ってない。確かに、十ガータ距離の場合とはっきり威力が違うようだ。

 十ガータ程度の距離だとまだ火力が残っていて、木の皮など燃えやすいものだと引火しそうに思える。

 十~二十ガータの距離の間に、かなり火力を失うということになるらしい。

 この辺はどうもこの世の常識のようで、誰も深く考える様子もなく当然のこととして扱いを工夫している。

 一方水の魔法だと、火ほど明らかな距離による差は見られない。当然距離が伸びると速度が落ちるが、ふつうに石などを投げるのと同じ感覚だ。

 火の場合、火力が落ちるというのが大きいらしい。


「よし当たった。ほら、すぐ木刀を構えろ!」

「おお!」


 十ガータ距離で火を投げたコンラートに、父の指示が飛ぶ。

 大真面目な顔で、少年はそれに従う。

 少年だけでなく、居並ぶ青年も中年もほぼ同じ態度だ。

 素人目にも、五人の立ち振る舞いはこの数日でかなりきびきびとして見えてきた。


「ようし、今日は終了!」

「ありやと、したあ!」


 父の宣告に、五人が声を揃える。

 この辺は父の経験から、民兵たちの訓練習慣に倣うことにしたらしい。

 その後辺りを片づけ、あたしは父に抱き上げられた。

 汗ばむ胸元に、あたしは顔を押しつける。


「よし、待たせたな、帰るぞ」

「あい」


 家に入ると父は汗を拭い、服を着替える。

 まだ夕食には早いので、あたしは土間近くに座って水魔法を試してみる。

 何度か水球を出現させて、妙なことが気になってきた。


――この水、何もないところに生まれているのか、何処かから集まってくるのか、どっちだろう。


 この世界で魔法が千年以上前から使われていることは、古文書で確認されているらしい。

 全人口の約四割が水魔法を使う。

 一日で瓶三分の一程度の水を出現させられる。


〈この勢いで何もないところから水を生み出し続けていたら、自然界に影響が出るだろうな。海水位が上がり続けて、何処かの島が水没してもおかしくないだろう〉


 という予想が、降りてくる『知識』の中でも立てられるようだ。

 それが正しいのかどうか、判断のつけようもないのだけど。

 少なくとも水魔法は周囲の空気中から水を集めている、自然界の循環の中に組み入れられている、と考えてもおかしなことはなさそうだ。


――それなら、火魔法は?


 こんな理屈で考えても意味ないのかもしれない。

 これも『知識』によると、


〈別の世界では魔法はイメージ次第と言われ、際限なく威力や効果を広げていけるということになっている例がある〉


 しかしそういった例と違って、こちらでは魔法の威力に限界があるみたいなんだ。

 ある程度自然のことわりと共存していると思っていいんじゃないか。


「うーーん」


 顔を上げると、すぐ傍に父が胡座をかいて寛いでいた。

 ただぼんやりといった様子で、あたしの仕草を眺めていたらしい。


「オータ」

「ん、どうした」

「ひ」

「んん、魔法の火か? それがどうした」

「どして、よわくなりゅ」

「魔法の火を飛ばして、遠くへ行くと弱くなる理由か?」

「うん」

「そりゃ、火は時間が経つと消えていくものだからなあ」

「ひ、どして、もえりゅ?」

「はあ?」


 父は首を傾げた。

 何で赤ん坊がそんなことを考える、という疑問か。

 何でそんな当たり前のことを訊く、という呆れか。


「そりゃ、何だ。薪とか燃えるものに種火を点けたら、燃えるもんだな」

「だよね」

「おう」

「どして、きえりゅ?」

「そりゃ、燃えるものがなくなったら――え?」

「まほうのひ、どして、もえりゅ?」

「え、いや――魔法だから?」

「まほうでもえてて、どして、よわくなりゅ」

「え」


 どの魔法も、十ミン(秒)程度は保てる。それなのに火魔法だけ、飛ばした後で制限時間内なのに勢いが弱まる理由はあるだろうか。

 それは「魔法だから」とは異なる理由によるのではないか。

 魔法で出したとはいっても、見た目も他への燃え移り方もふつうの火と変わらない。それならば出現後の性質は同じと考えてもいいと思うのだ。

 両手で父の手を取って。

 少し離して、大きめに包む仕草をしてみた。


「このへん、もえりゅもの、ありゅんじゃない?」

「へえ?」


 目をぱちくりさせてから。父は右手を少し上げて、指先に火をともした。

 それを、まじまじと見つめている。


「そのまま、してて」

「こうか?」


 もう少し、火を点した指を持ち上げ。

 そのまま、十ミン(秒)ほど。

 その間、火の大きさは変わらず。やがていきなり、しゅう、とばかり縮んで消える。


「なるほど。飛ばすと火は小さくなるが、指先だとしばらくそのまま、か」

「うん」

「こんなこと考えた試しもなかったが、そういうことになるな。しかしすると、どういうことになるんだ」

「このへんに、きっと、もえりゅもの、ありゅ」


 もう一度、父の手から少し離して手で包む仕草。

 うーむ、と父は考え込んだ。


「まあ……そうなのかもしれんな」

「とばすの、ひだけ?」

「え、ああ――魔法でやるときは、火というか炎というか、それを飛ばす感じだな」

「このへんのもえりゅもの、いっしょに、とばせない?」

「いや、そりゃ無理だろう」

「まほう、もえりゅもの、うごかせりゅはず」

「本当か?」

「じゃなきゃ、ひ、ちゅかない」

「最初に魔法で火を点けるとき、燃えるものを動かして集めているってことか? いや――そう――そうか、そうじゃなきゃ火は点かないよな。魔法じゃない火を持ってきても、この辺の空中に火は点らない」

「うん」

「それなら、その燃えるものも一緒に飛ばせば、火は弱くなりにくい? いやしかし、無理だろう。そんなことやったなんて、聞いたこともない」

「やってみて、むりだとかは?」

「それも、聞いたことはないが」

「なら、やりゅべし」


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