31 見学してみよう

 この、父が怪我で自宅静養を始めた日。それぞれに魔法の練習や剣の手入れなどをしていた午後も深まった頃、村の男たちが訪ねてきた。

 いつも父と一緒に出かけている四人と、コンラートだ。

 昨日も話していた通り、この人たちで父の指導の下、もしもに備えた訓練なるものをするらしい。

 何か身体を動かすのかと見ていると、それぞれ持参した棒と小刀を手に、土間に座り込んで作業を始めている。どうもまず、木刀のようなものを自作するようだ。

 作業を指導しながら、父が説明している。


「猿の魔獣に限らないが、村がそんなのに襲われた場合、家並みに近づく前にできるだけ魔法と弓矢でその突進を止める、群れの足並みを乱す、ということが肝心だ。そうして数を減らした先頭から、剣で仕留めていく。鍛えておけば、猿魔獣の一匹ずつなら木刀でも屠れるはずだ」


 猿魔獣は動きが速いが、身体は小さい。棒などの武器を持つこともあるが、こちらの木刀の方が長いはずだ。落ち着いて一匹ずつ、脳天を狙って叩き殺す。

 これをためらいなく、迅速に行えるようにしなければならない。

 こちらの打ち込みが間に合わず噛みつきを許すなどしたら、生命いのちに関わると思っておけ。相手は小さくとも、人喰い魔獣だ。

 このため当分はこの面子で木刀の素振りに徹し、脳天割りが確実に実行できるように鍛える。

 剣筋が確かになったところで、魔法との混合を練習していこう。

 そんな説明に、五人とも木を削りながら頷いている。

 木刀の格好がついたところで家の前に出て、さっそく素振りを始めたようだ。


 こんな鍛錬が、午後遅くからの日課になった。

 五人に素振りをさせて、父が腰の構えなどを直す指導をしていく。

 みんな農作業で鍛えているため腰つき自体はしっかりしているのだが、剣を振るに当たっては構え方が変わるのでそれを身体に叩き込むのだという。

 そんな声を聞きながら、二日目からあたしはまた託児の家に預けられた。

 狩りの間はほぼ一日中だった託児が、時間を短くして続いているらしい。前と同じ家の中に、同じ子どもの顔ぶれが揃っていた。

 ただ、面倒を見る大人はロミルダ一人になっている。

 子どもたちの様子も、預けられているというより、ふつうに友だち同士で集まって遊んでいるという感じに見える。

 少し大きな子どもたちがばたばたと走り回る傍ら、あたしはヨーナスが居眠りをする横に座らされた。走り回りに加われない二人、ということになる。

 ばたばた動き回って保母役を落ち着かなくさせるのも申し訳ないので、あたしはゆっくり狭い範囲をはいはいで回ってみた。

 いつものように籠のようなものを編みながら、ロミルダは笑って見ていてくれる。

 壁際に寄ると、隅に積んだ数枚の板の束が目についた。

 思い返してみると以前、女の子が大人に尋ねていた、あたしが「なにこれ」という言葉を会得した契機のものだ。

 全体ではそこそこの重量になりそうだけど、上の一枚だけなら両手で持ち上げることができる。

 片隅を紐で数枚分綴じたそれを開くと、板の内側に黒い模様のようなものが見えた。どうも片側の方は、絵が描かれたもののようだ。

 振り返ると、こちらを観察するロミルダと目が合った。


「なにこれ」

「それかい? 絵本だよ」


 初めて聞く単語だけど、頭に降りてくる絵本という言葉と同じ意味合いだろうか。

 その『知識』の囁きによると、開いた板の片面に絵が描かれ、もう片面の模様のようなものは文字ではないかと想像される。


「なに、なに?」

「お噺が書かれているのさ。読んであげようか?」

「わあ、ほんと?」

「お噺、読むの?」


 あたしが反応するより早く、女の子二人が駆け寄ってきた。

 一人がロミルダのすぐ脇にぺたりと座り、もう一人はあたしの傍に寄ってくる。

 手で触れていた板の束が、よいしょと持ち上げられる。


「ほらほら、イェッタちゃんもお噺聞こうよ」


 絵本をロミルダに手渡し、次いであたしを抱き上げて、こちらもぺたりと座り込んでいた。

 笑って、ロミルダは板の本を膝の上に開いている。

 相変わらず男の子たちはホルガーを中心に駆け回り、ヨーナスは一人眠っている。

 ロミルダが、低い声で読み始めた。


「むかしむかし、神様が大地に降りたときのことです――」


 神様は、大地に花を咲かせました。

 花は、咲きほこった後、実をつけました。

 その実を食べて育つように、神様は動物を生み出しました。

 やがてその中で豊かに住めるように、人間が生まれました。

 花と動物と人間がうまく一緒に生きていけるようにと、神様は大地に祝福をくださいました。


〈どうも、宗教的な本のようだな〉


 何処かから、囁きが聞こえたような。

 とにかくも。

 春夏秋冬の名づけ。

 動植物と仲よく生きるようにという教え。

 そんなことが簡略に述べられて、短いお噺は終わっていた。

 わああ、ぱちぱち、と女の子たちが手を叩き、あたしもそれを真似る。


 そんなこんなであたしも村の子ども集団に馴染み、まず女の子たちに受け入れられてきたようだ。

 毎日そうして、遊び相手になってもらう。

 外では父の指導の下、男たちがもっぱら素振りばかりを続けているらしい。

 そうして、十日程度が過ぎた。

 天気もよく暖かくなってきたということで、男の子たちが外へ出たがり、ロミルダが子ども全員を連れ出した。

 木刀を振っている大人の邪魔にならない方向へ、小さな子たちが駆け出していく。

 あたしはまだ立つこともできないし、靴さえ持っていない。ということで傍の木箱の上に座らされ、みんなの動きを見渡すことになる。


「ふん」

「ふん」


 気合いを込めて唸りを漏らしながら、基本黙々と木の剣が振られ続ける。

 ホルガーが「俺もやる」と言って、棒切れを持ち出して振り始めた。危険のない範囲でなら、大人たちも黙ってさせておくようだ。

 父の言い回しだと、五人の剣は上から振り下ろす一手に集中している限り、太刀筋が安定してきているということだ。

 五人とも汗だくの真剣な様子で、子どもたちが邪魔する気も起きそうにない。

 あたしたちが見始めてからでも数十回の振りが続き、やがて父の指示が入った。


「ようし、やめ。少し休もう」

「おう」


 大きく息をついた五人は、布で汗を拭っている。

 十ミーダほど地面に座って身体を休め、再開の合図とともにまた木刀を手にして振り始める。

 まったく、嫌になりそうなほど単調な修行だ。

 これを素直に黙々とこなすほど、大人たちは村の護りを真剣に考えているということらしい。

 日向ぼっこがてら、こんな見学が数日続いた。

 天気次第で、子どもたちの遊びは外に出たり出なかったりだけど。大人の素振りの方は、雨が降らない限り続いている。

 雨の日にはうちの土間を使っているようだ。最近はそんな日でもあたしは託児所に預けられ、我が家は空いているので。


「よし、今日からは、魔法の練習も混ぜていこう」

「おう」


 またあたしも外に出されて見学していると、いつもの素振りの後、父が宣言した。

 あらかじめ用意していたらしく、コンラートが木の道具を運び出してくる。

 少年の身長より短いかというくらいの棒の先に、子どもの顔程度の丸い板を固定しているようだ。どうも、的として準備したらしい。

 五本あるそれを、やや広い空き地の隅に打ち込み、立てていく。

 これに魔法を当てる練習だと言われ、コンラートが拳を握り締めている。

 俺もやりたい、とホルガーが脇から声を上げた。


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