25 遭遇と獣狩 1

 昨日と別の方向へと山道を辿り、今までと少し違う種類らしい針葉樹の木立に入る。

 心なしか、頭上の鳥の声も変わったように思える。

 聴覚の警戒音域を調整する感覚で、ライナルトは残雪の山中を見回し、耳をそばだてた。


「ここも――大きな獣はいないようか」

「おお。しかし――」マヌエルが首を傾げた。「何となくだが、静かすぎるんでないか。いつもならもっと、野鼠なんぞの気配がしたと思う」

「そうなのか」


 それぞれ不審の顔を見合わせて、警戒しながら進むことにする。

 ジャリ、ジャリ、と融けかけの雪を踏んで、木立の奥へ。

 しばらく歩み進めたところで、ライナルトの頭を、警鐘めいたものが掠めた、気がした。

 ――高所の鳥のが、消えている。

 急ぎ警戒レベルを上げて周囲を見回し、耳を澄ます。


「気をつけろ、何かいる!」

「え?」


 小声で呼びかけ、四人の足を止めさせていると。

 ガサ、と傍らの木の上から、音がした。


「ケヴィン、撃て!」

「おお!」


 慌てて空を仰ぎ、ケヴィンは右手を振った。

 赤い火球が放たれ。

 ギャウ、と声が上がったのは、落下してきた薄茶の獣からだった。

 成年女性より少し小さいかという体躯の毛むくじゃらが、地面に弾み転がる。

 駆け寄り、ライナルトは剣を振るった。赤らんだ相貌の首が、血飛沫とともに刎ね飛ぶ。


小鬼猿こおにざるだ、他にもいるぞ!」

「おお!」


 全員揃って、頭上を仰ぐ。

 ところへ、同様の毛むくじゃらが二匹、飛び降りてきた。


「来た!」

「このヤロ!」


 四人が次々と魔法を放ち、火と水がその落下する顔面を撥ね上げた。

 怯んだ獣の着地とともに、ライナルトは剣を叩きつけていった。続けざまに、二つの首が飛ぶ。

 ひと息つく余裕もなく、さらに二つの落下が続いた。

 もう少し落ち着いて、四人が魔法で迎え撃つ。怯むところへ、大剣が振るわれる。

 油断せず耳を澄ますと、もう気配は感じとれなかった。


「これで終わりか――いやしかしみんな、警戒は怠るな」

「おお」

「小鬼猿は賢い魔獣だ。気配を消して潜んだり、複数で息を合わせて襲いかかってきたりする」

「こんなの見るのは初めてだが――魔獣なんかい」

「ああ」


 イーヴォに頷き返し、警戒を緩めずライナルトは一匹の首なし死骸に歩み寄った。

 小刀で胸を切り開く。赤い心臓の横から、大きめの木の実ほどの黒っぽい楕円形が覗き出た。


「ほら、魔核があるんだ」

「本当だ」


 魔獣は外観でふつうの獣と別分類しにくいものもいるが、体内に魔核を持つかどうかで判別される。

 どういう理由で魔核を持つようになったかなどは解明されていないが、これによってふつうの獣より力が強くなる、凶暴性を持つ、などの傾向が想像されている。

 たいていの場合魔獣の肉は食用に適さず、皮や角などが何らかの加工に重宝される種類もあるが、この猿種はまず何の役にも立たないはずだ。

 ただ一般民衆には使い道がないが、王都の研究者などには魔核の需要があるということで、一応買値がつくことになっている。

 当然この点でも猿種のものは小さいため廉価なのだが、残った死骸からイーヴォとケヴィンに魔核取り出しをさせることにした。

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