26 遭遇と獣狩 2
「今は五匹だったが、こいつらは下手をすると数十匹の群れで襲いかかってくることがある。決して油断するな」
「数十匹となったら、相手しきれねえかもしれんな」
「加えてこいつら、雑食だ。普段は木の実などを食っているらしいが、鼠や兎でも、人間でも襲って肉を食らう」
「うわあ」
「堪らねえな、そりゃ」
「他に仲間がいて、繰り出してくるかもしれん。今日はここで引き返そう」
「おお」
「今の奴らがそうだったように、こいつらは気配を殺しておいて木の上から襲いかかってくるのが常套手段だ。頭の上に最大限注意していこう」
年長者二人と頷き合い、死骸処理を終えた二人も立ち上がったところで、撤退を始めた。
もと来た道に木立の終わりが見えないまま、言われた通り頭上高くに警戒を怠らない。
しばらく無言の進行の末、前方が明るんできたのを見て、ようやく一同は少し緊張を解いていた。
ところが。上に注意を向けていて、前方への気配りがかけていたかもしれない。
木立を抜けて、平原に出たところだった。
先頭を歩くケヴィンが、いきなり片手を横に上げた。
「待て、
「わあ!」
声とともに、イーヴォが横に飛んだ。
こちらに向けて疾走する猪の巨体が、すでに十ガターほど先まで迫っていた。
「逃げろ!」
ひと声放って、ライナルトは前に出る。
魔法での減速は、間に合わない。自分以外の四人は接近戦では無力だ。
もし自分も逃げて他の者に猪が向かったら、まず無事では済まないだろう。
全速力のこの巨体を、大剣で止められる当てはないのだが。
惑う暇もなく、鞘払った剣を横に薙ぐ。
わずかに進路から身を外したが、鼻先を叩いた剣先から凄まじい衝撃が弾き返ってきた。
勢いに堪らず、ライナルトの身体は雪融け原に転がった。
数ガター先で、獣は向きを変えている。硬い鼻先に、傷もつけられていないようだ。息もつかせず、再疾走が始まる。
急ぎ身を起こし、腰だめ姿勢をとったが。剣を構えるのも間に合わず、辛うじて飛びかわす左肩に衝撃が走った。
横に弾き飛ばされ、二転三転。
「わあ、ライナルト!」
「まずい、逃げろ!」
起き上がるよりも早く、敵はまた向きを直している。
たちまち、突進が迫り来る。
ドドドド、と荒々しい足音。
姿勢を作る間もとれず、ライナルトは後方に身を倒しながら両手で剣を突き上げた。
硬いものに、突き刺さる手応え。掌から剣柄が奪われ、頭上へと巨体が行き過ぎる。
その足に踏みつけられなかったのは、幸いだった。
ズザア、と地響きを立てて、猪は地面に伏していた。
「え、え、わあーー」
「やった、やったのか?」
「無事か、ライナルト?」
離れていた四人が、一斉に駆け寄ってきた。
起き上がり、それらを手で制して、ライナルトは動きを止めた獣を覗き込んだ。
まだひくひくという動きは続いているが、起き上がることはないようだ。
猪の頭や鼻先は、ほとんど剣を通さない。最後の死に物狂いの刺突で、幸運に首元を突き通すことができたというわけだろう。
見守るうちに、生体の動きは失われていた。
伏した首の脇から、大剣の柄が覗いている。引っ張り出すと、血まみれの剣先まで折れや欠けなどはない。
安堵して、ライナルトは仲間たちを振り返った。
「息絶えたようだ」
「そうか、やったな!」
「ライナルト、怪我は?」
「肩を打ったが、骨まではやられていないと思う」
剣を置いて左肩に触れると、飛び上がりたくなるような痛みが走った。かなり酷い打撲と思われる。
表情を見て察したらしく、マヌエルが暗澹たる顔になっている。
「治療をせねば。急いで村に戻ろう」
「おう。こいつの死骸はこのままでいい。ライナルト、歩けるか?」
「足は大丈夫だ」
オイゲンに頷き返して、大きく深呼吸する。
ケヴィンとイーヴォが剣と荷物を預かり、四人に囲まれる格好で急ぎ山を下りていった。
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