23 練習してみよう 1

 朝食や朝の日課を終えて、父は剣や弓矢の点検を始めた。

 もちろん手入れなどは昨日のうちに終わっていて、必要分揃っているかといった最終確認だろう。

 この後、自分とあたしの服装を整えて外に出ることになる。


「狩りで遠出をするのはとりあえず今日までの予定だから、今日だけまた他の子たちと我慢していてくれよ」


 昨日までと違ってある程度は言葉が伝わることが分かったせいだろう、噛んで含めるように断りを入れてきた。

 早朝でまだ頭ぼんやりのあたしは、黙ってそれに頷く。

 ここ二日の例だと、出かけるまでここで少しは時間を置くはずだ。

 考えて、昨夜寝る前のことを思い返した。

 父から魔法についての説明を受けて、自分でもできないか試したい欲求が膨らんでいたんだ。

 赤ん坊籠から少し上体を乗り出して、下を見ると剥き出しの板床。もしもの場合もたいへんな事態にはならないだろう、と思う。

 右手を前に突き出して、


「ひ――」


 呟いてみたけど、何も起こらない。

 向こうで、父が顔を上げた。怒られるか、と首をすくめる。


「火を試してみたのか?」

「うん」

「まったく何も出ないなら、火の適性はないんだろうな」

「うん、じゃあ――みず――」


 指先に念を込めると、反応があった。

 爪より少し上の空中に、小さな水の球が膨らみ浮かぶ。

 わあ、と驚いていると、その球はすぐに膨らみを止めて床に落ちていった。

 小さな赤ん坊の指の長さにも足りない、大きさだったけれど。生まれて初めての経験に、感動を覚えてしまう。


「わ、わ――」

「そうか、イェッタの適性は水か」


 笑いながら寄ってきて、布で床を拭いてくれる。

 本当にその気になれば簡単に発現してしまうし、こんな赤ん坊に対して大人が驚くこともないらしい。うっかりお漏らしをしたのと同じ程度の感覚か。


「ちゃんと扱うには、もっと練習が必要だからな。後で俺が付き合ってやるから、無闇と出すんじゃないぞ。世話をしてくれる人たちに迷惑かけるからな」

「うん」


 相変わらず何処まで赤ん坊に通じると思っているか分からない注意だけど、素直に頷いておく。

 預けられて座った場所で水を出したら敷いた毛皮を濡らして迷惑をかけるのは明らかだし、下手をしてお尻の近くに落ちたら妙な誤解を生まないとも限らない。

 相手の言うことはかなり理解できるようになったけれど、自分から意思を伝えるのはまだまだ困難だ。説明や言い訳に苦労する以上、よけいな手間がかかることはやめておくべきだろう。

 その後すぐ、いつものように毛皮にくるまれて、あたしは外に連れ出された。


 これで三日目、また二人の女性の世話に預けられる。

 ロミルダという人はずっと同じ。もう一人は一日交替らしく、また初日の人に戻っていた。

 また定位置に座らされ。

 この日は変わらず周囲の会話に耳を傾けながら、もう一つの目標に向けて励むことにした。

 毛皮の上で俯せの姿勢をとって踏ん張り、両手足に力を入れてみる。

 何とか、はいはいができるようにならないか、練習に努めるんだ。


――ふん、ぬううーー。


 あたしの踏ん張りに気がついたらしく、女の人二人は微笑みを向けてきている。文字通り、微笑ましい赤ん坊の動きということになるんだろう。

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