20 質問してみよう 2
昨日の男の子が口にしていたのと同じ単語だから、「魔法」でまちがいないのだろう。
太い指をぺしぺし叩き、身体ごと乗り出して。
「なに、なに、まほ、なに?」
「ああ――話が長くなるからなあ、少し待ってくれ。まず飯にして、それからにしてくれ」
「ううーー」
そんな断り、赤ん坊に通じるつもりで言ったかは分からないけど。
確かに簡単に済む説明ではないだろう、ということで、あたしは黙ることにした。
正直なところ、お腹が空いてきていてそちらを優先すべきとも確かに思う。
父親の大きな膝の上で、乳を飲ませてもらい。
そのまま膝上に居座って、父の片手での食事を眺め。
食事をする邪魔になっていることは、重々承知なんだけど。膝筋肉が硬くてクッションに不足だろうが、支える無骨な手に力が入りすぎたりしようが、とにかくもここはあたしの指定席、譲る気はないのだ。
面倒臭そうながらまた布道具であたしを背負って夕食の後始末を終え、父は暖炉前の椅子に戻った。
改めて膝の上に座を占め、あたしはゆったりと硬い胸元に背をもたれる。
それでも今日は少し脇に寄り、上体を捻って少し髭の横顔を覗ける姿勢をとった。
食後の茶を啜る髭の下に、小さな指を差し向け。
「オータ」
「おう、俺が父ちゃんだ」
満足そうに、笑いが返った。
ご機嫌顔にこちらも気をよくして、指先を自分に向ける。
「あ……ち」
「ん? あ、そうか。お前は、イェッタだ」
「え……た?」
「そうだ。お前の名前は、イェッタ」
「エッタ」
「そうだ、イェッタ」
頑張っても、発音はまともにできないけれど。
それでも大きな進歩だ。自分の名前が、ここに判明した。
「いい名前なんだぞお。カモソーレ教の神話で、育成の女神、綺麗な花を咲かせる神様の名前なんだ。生き物すべての繁栄を
「…………」
日頃の無口ぶりを忘れたかのように、口上が続く。
いろいろ、興味深い話ではあるけど――。
――さすがに赤ん坊相手に難しすぎるんでないかい、父ちゃん?
きょとんと目を開いて横顔を凝視していると、さすがに自分でもそのことに思い当たったみたいだ。
顔をあちら横に向けてコホンと咳をし、ぐしぐしとあたしの頭を撫でる。
「とにかく、いい名前なんだ」
「うん」
「――いやそれにしても、イェッタお前――」
「ん?」
「俺の話、分かって聞いているのか? そんなことって、あるのか? まだ生後十ヶ月程度の赤ん坊が」
「んーー」
ナンノコトカナ? とばかり、首を傾げてみせる。
ちら、と横目で見て、それから父は首を振った。
「何だか、よく分かんねえ。赤ん坊ってこんなものなのか? 何しろ子どもを育てるのは初めてで、
「うーー」
「ま、いいか。子どもが賢くて、困ったこともないだろう」
「うんうん」
頷いてやると。
また、胡散臭いものを見るみたいな横目が向けられてきた。
けれど、気にしないことにする。
頭を撫でる、太い手を掴んで。
「はーし、お、はらし」
「はらし? あ、お話か」
「うんうん」
「いやなんで、ここでやりとりが成立するかなあ」
「おはらし――まほ、まほ、なに?」
「おお、それな」
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