18 索敵と闘伐 2

 グワアーー


 ひときわ大きな咆哮。さすがの巨体も、数歩たたらを踏む。

 それでも覇気衰えず、熊は前肢を振り下ろしてきた。

 辛うじてそれを避け、剣を突き出す。喉元近く、わずかに傷を負わせることができた。

 鮮血が滴り落ち、獣は声を高める。


 グワアアアーー


 剣が通ったことで、ライナルトは気を奮い立て直した。

 顔面に、火と水が弾ける。

 よたよたと、後肢が雪面を左右する。

 さらに喉元を狙って、ライナルトは剣を突き出した。

 勢いよく、前肢がそれを横払いした。

 思った以上の腕力に、がくりと腰が傾く。

 続けざまに、大きな前肢が振り下ろされる。


「危ねえ!」


 誰の叫びか。

 思う余裕もなく、ライナルトは横に転がってその攻撃をけた。

 やや斜面が下る方向に転がったのが、功を奏したようだ。バランスを取り損ねてか、前肢の爪は宙に大きく空振っていた。

 タイミングよく、さらにまた火と水が鼻先に弾ける。

 仰け反る顔の下、空いた首元へ、ライナルトは剣を突き上げた。


 グワアアアーー!


 大きく吼え声が上がり、焦茶色の巨体が傾く。

 返す剣を、首横から叩きつける。

 鮮血が上がり、獣の身体は丸ごと横に転がった。


「やったか!」

「まだだ、続けろ!」


 横倒しになりながら、大熊は必死に前肢を振り続けているのだ。

 首から血が噴き出しているが、まだ致命傷にはならないらしい。

 さらに、火と水を叩きつける。

 前肢を躱しながら、何度も剣で斬りつける。

 そうしたくり返し攻撃の末、数ミーダ(分)後。ゆるゆると、太い前肢に力が失われていた。

 残雪を赤く染めて、横たわった熊は動きを止めた。


「やった!」

「やった!」


 ケヴィンが勝鬨かちどきを上げ、イーヴォが頭上に拳を振り上げた。

 年輩の二人も、駆け寄ってくる。


「やったぞ、ライナルト!」

「おお」


 泥濘ぬかるみに腰を下ろし、ライナルトは汗まみれの顔に笑みを戻した。

 その背を、オイゲンがバンバンと叩く。


「大丈夫か、怪我はなかったか?」

「おう、かすり傷程度だ」

「よくやった! 最高の成果だ」

「ああ。みんな、よくやった」


 笑い交わし、男たちは拳を打ち合わせて互いを労った。

 仲間たちにほぼ負傷はなかったとはいえ、辛うじての勝利だった。下り坂を利用した地の利がなければ、結果はどうなったか分からない。

 このグループで、猪狩りは何とかなる、熊狩りはかなりの準備と注意が必要というところか、とライナルトは頭に刻み込んだ。

 絶命を確認して、巨体を引きずり山を下りる。

 そうして橇で村に運び、凱旋を誇ることになった。

 疲れ果てた元魔狩人にとっては、娘の呼び声の迎えが最高の報奨だった。


焦茶熊こげちゃぐまの大物だあ。みんなで仕留めたんだぞ。中でもこのライナルト小父ちゃんがその剣でとどめを刺したんさ」

「すげえ!」

「すげえ、すげえ!」


 イーヴォの言葉に、歓声を上げて子どもたちが獲物の周囲を踊り回る。

 そんな大騒ぎに後を任せ、大事に娘を抱いて家に戻った。


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