17 索敵と闘伐 1

 この日、昼前に狩った獲物は野兎三羽だけだった。

 昨日の林よりさらに奥まで進んだが、大物は見つけられない。

 前回と同じ程度の大きさと思われる猪を遠くに見かけたが、接近より早く姿を消し、狩ることはできなかった。


「毎年村に降りてくるししは、四五頭で徒党を組んでってとこださ。もう一頭ぐれえ狩っておきたいとこだな。そうすりゃ奴らも警戒して、近づいてこねえんじゃないか」

「熊でこれまで見たのは二頭ぐれえだからな。こっちも一頭狩っておきてえ」


 歩きながら、マヌエルとオイゲンが説明する。

 この山行ですべての殲滅は無理だろうが、いちばん被害をもたらす熊と猪についてはその程度狩れば後が楽になる算段だという。数を減らしておけば、春の畑仕事を始めた後も見張りを気をつけておくことで、大きな被害は防げる予定らしい。

 あと気になるのは、作春に若夫婦一家を皆殺しにした魔獣らしい存在だが。これについては正体も居場所も見当がついていないので、現状対処のしようがない。やはり村で見張りを強化していく以外なさそうだ。

 そんなことを話しながら山奥へと進む途上、先頭の二人が足を止めた。


「いた!」

「熊だ!」


 ほぼ同時にケヴィンとイーヴォが抑えた声を上げ、前方を指さす。

 その方向に目を凝らすと、確かにいた。緩く傾斜した林の木陰に、焦茶色の大きな丸み。

 全貌はまだ見えないが、人よりは遥かに大きそうだ。


「近づくぞ。油断するな」

「おう」


 ライナルトの指示に、重い声が返る。

 これまでのものとは桁違いに脅威の相手だ。

 手順は、猪の場合と変わらない。弓と魔法で牽制し、相手の動きを抑えておいて、ライナルトの大剣で仕留める。

 しかしあの毛皮はほぼ矢を通さないはずだし、魔法も剣もどれだけ通じるかまったく保障はない。

 それでも少しでも攻撃に効果のあるように、とライナルトは位置どりを考えた。

 平地で走り出すと、熊は人間より遥かに速度を出す。弓矢も魔法も命中は難しいことになりそうだ。

 ただこの種類の熊は前肢が短いので、下り坂では比較的走る速度が出ないのが知られている。まずはそこが狙い目だ。

 木の陰に隠れ、一行は相手の坂下を目指して移動した。


「よし」


 全員の位置を決めて頷きかけると、ケヴィンとイーヴォが弓を構える。

 放たれた矢は、焦茶の毛皮に命中。しかし突き刺さることなく、そのまま下に落ちる。

 グワア、と熊はこちらに振り向いた。


「来るぞ!」

「おう!」


 扇形に広がって、男たちは両手を前に構えた。

 まだ雪の残る斜面を、獣の巨体が飛沫を撥ね上げながら駈け降り出す。目論見通り、いくぶん速度は抑えられているか。

「撃て!」というライナルトの号令で、魔法の火が三つ、水が二つ、球形で放たれる。

 続けざまに顔面に弾け、熊は不快そうに顔を横向ける。


「続けろ!」

「おう!」


 斜面が緩やかになった地点で、熊は大きく前肢を持ち上げた。正面から駆け出し、ライナルトは大剣を抜き放つ。

 さらに火が二つ、水が二つ、顔面に炸裂して、大きく前肢が振られた。身を屈めて、ライナルトは低く剣を横に払った。

 ガチ、という重い手応え。

 二足直立した後肢あとあしに、傷もつかない。しかしわずかに、両前肢をもたげた姿勢が揺らいだか。

 続けて剣を払い戻し、後ろ臑を打つ。グワア、と吼えて爪立てた前肢が横に振られる。

 首をすくめ身を転がして、ライナルトはその攻撃をけた。

 その上へ、熊が向き直る。横方向から、さらに火と水が飛ぶ。

 うるさそうに獣は首を振った。その臑へ、再度ライナルトは剣を叩きつけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る