15 発声してみよう 1

 次の日も同様に、あたしは託児所のような一軒に預けられることになった。

 当然説明はないが、狩りはまだ数日続くのか。昨日帰り際に外で解体されているのが見えたのは人の何倍もある大きさの獣で、父の大剣でも簡単に倒せそうには思えず、震えが走ったものだけど。

 昨日のあたしの泣き叫びがこたえたのか何度も声をかけ、未練げな様子で父は出ていった。

 かけられた言葉は「ちゃんと戻ってくるからな。大人しく待っているんだぞ」とか、そんなものではないかと思う。

 前日よりかなり事情は理解してきたので、まちがいなくこの日も父は帰ってくると信じることにする。

 それでも一人残されると、わけもなく心細い思いで涙が零れてくるのだった。

 見回すと、子どもはやっぱり五人。世話をする女の人は変わらず二人だけど、一人は前の日と違う顔だった。

 ぐすぐす涙を啜りながら、周りの会話に耳を澄ます。

 子どもたちの短いやりとりは、「それ、とって頂戴」「これ、あげる」といった感じか。

 大人たちの会話も、何となく意味が分かるようになってきた。

 あたしの顔を覗いて昨日と同じ人が言っているのは、「よかった、今日は大泣きしないみたいだよ」というような言葉だと思う。


「昨日は最初のうち、大泣きしっ放しだったんだよ」

「そうなのかい。まあ、初めて父ちゃんから離れたんだろうからねえ」

「そうさねえ」


 といったところだろう。

「父ちゃん」に当たると思われる単語はこの同じ女の人の口からも昨日出ていたし、帰り際入ってきた男の人に飛びついていた子ども二人もそう呼んでいたから、まずまちがいないと思う。

 そんな感じで、あたしの中に分かる言葉が増えてきていた。


 ただお座りだけをしていても生産性がないので、ぽてり横に倒れて、遊ぶ子どもたちの方に手を伸ばしてみた。

 自宅にあるのと同じような木の玩具が、いくつも敷物の上に転がっている。頑張ればもう少しで手が届きそうだ。

 手と足をずり動かして、あと少しで『はいはい』ができそうな気もするのだけど。これは今後の鍛錬次第だろう。

 精一杯手を伸ばしていると、小さな子の一人が顔を上げた。女の子のようだ。

 あたしの目指している木片をひょいと持ち上げ、差し出してくれる。


「はい」

「あーお」


 要求を理解して、助けてくれたらしい。

 昨日父がここで口にしていた言葉が「ありがとう」の意味だと思われるので、真似して感謝を伝えようと思ったけれど、やっぱり発声にはならなかった。

 それでも何となくは伝わったらしく、女の子はにこにこ顔で自分の遊びに戻っていった。

 もらった木片を両手でいじり、片手で振ったり、床に転がしたりしてみる。

 同時に俯せ姿勢で両足を踏ん張り、り動かしを試みてみる。

 自宅にいるときと同様に、何とか手足の力をつけたいという運動だ。

 そんなことをしながらも、周囲の会話を頭に流していく。

 結構そういった試みで忙しく、いつの間にかあたしの目に涙は止まっていた。


「よし来い、ほら来い」

「うおーー」


 昨日傍に寄ってきた男の子が、少し小さな男の子の突進を受け止めて遊んでいる。

 笑いながら、小さな子はご機嫌に何度もそれをくり返す。


「何これ? 何これ?」

「これはねえ、○○だよ。今度●●であげようねえ」


 こちらも小さな女の子が部屋の隅に積んだ数枚の板の束を指さして、昨日からいる女の人に尋ねている。

 さっきからの会話によるとロミルダというらしい女の人は、まだあたしが聞いたことのなかった単語で答えた。何となくだけど、「○○」というのは板のことでなく、もっと特別なもののように聞こえる。

 今度同じ単語を聞いたとき意味を結びつけよう、と記憶しておくことにする。

 その実物に近寄って見てみればいいのだろうけど、まだはいはいもできない身。大人なら数歩しかかからないわずか距離の移動も、ままならないのだ。

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