14 帰村と保育 2

 家に戻り、暖炉に火を入れる。そんな動きの間にも、娘は左肘に両手両足を巻きつけた全力のしがみつきを続けていた。

 火が落ち着いていつもの籠に寝かせようとしても、離れない。無理に両手を解こうとすると、泣き喚きが始まりそうだ。

 仕方なく、ライナルトは赤子を片手に抱いたまま、作業を続けた。

 室内が暖まってきたところで、羽織っていた毛皮を脱ぐ。子どもの厚着も脱がしてやる。そんな動きにも小さな手に力が入って離れようとせず、難渋してしまう。

 さて、と土間の竈に向かい、ひと時思い凝らしてみた。

 火を使った炊事に、さすがにこの恰好は危ないし不便だろう。


「おい、せめて背中に移ってくれんか」

「わうーー」


 嘆願しても聞いてくれようはないのだが。一応声かけをして力を入れ、小さな両手を肘から首後ろへと移動させた。

 ただ引き離されるのではないと悟ったようで、赤子は全身のずり動かしにも抵抗をしなかった。

 背中にへばりつかせる形を安定させ、以前ロミルダから譲り受けていたおぶい紐を回して固定する。もう少し暖かくなったら外歩きの際に使おうと構想していたものだが、思いがけず早い出番になったことになる。

 自分の腰前に紐を縛り合わせると、小さな両手が喉元に回されてきた。当然力弱いので苦しさはないが、何となくの脅威めいたものを覚えてしまう。

 それでも、布で押さえた尻を軽く揺すり上げ。


「どうだ、居心地悪くはないか」

「わうわう」


 呼びかけに返る声が不機嫌そうではないので、よしとする。

 ようやく両手が自由になって、作業再開。

 竈に薪を入れ、魔法で火を点ける。


「わあ」


 タイミングよく声が上がったのは、着火作業が珍しかったのだろうか。その辺、よく分からない。確かに、こんな近距離で見せたことはなかったかもしれない。

 ヤギの乳を搾って温めているうち、ケヴィンがいのしし肉を届けてくれた。村の全世帯で分けても、かなりの分量だ。

 さっそくその一部の塊を適当に角切りにし、鍋で焼き目をつけて水を足す。葉物野菜を切り入れて、煮込んでいく。

 いつもながらの芸のないスープだが、この日は贅沢に肉が使われることになった。

 そうしてテーブルについて食事を始めても、赤ん坊はライナルトから離れようとしなかった。

 膝に載せて乳を飲ませた後、いつもなら大人しく籠の中に横たわるのだが、この日は持ち上げられを拒否して泣き出しそうになるのだ。

 仕方なく片手で膝の子どもを支え、ライナルトはもう一方の片手で自分の夕食をとることになった。

 食後の器洗いの際も、またおぶい直す面倒な手間をとる。

 少しだけ手を離すことができたのは、湯を使わす時間だけだった。ぬるま湯を入れた桶に座らせて身体を撫で洗ってやると、きゃきゃ、とこれはいつもと同じに喜声を上げている。ライナルトが絞った布で自分の身を拭っている間も、満足そうに湯に沈んでいる。

 ちゃぽちゃぽと湯を揺らし、濡れてぺったりした薄い金髪の下、桃色に染まった小さな顔にうっとり目を細めて。


「わあ、ううーー」

「そうか、気持ちいいか」


 何となくだがこの日は子どもの反応がいい気がして、話しかけの声が多くなっていた。

 思い返してみると育児経験者から、赤子に言葉の意味は通じなくても話しかけはできるだけした方がいい、と言われた気がする。生来のくちおも性質たちだが、この辺は心がけた方がいいのだろうと思う。

 身体を拭って寝巻を着せている間にも「どうだ気持ちいいか、あったまったか」などと声をかけていると、娘は上機嫌に「きゃあきゃあ」と笑い返してきた。

 床に落ち着くと、両手を伸ばして抱っこをせがんでくる。

 この日は結局独り遊びの時間をとることなく、娘は眠りにつくまで父の膝上に収まっていた。

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