13 帰村と保育 1

 狩った獲物はある程度血抜き、解体を行い、林の外に置いていた木製のそりに載せた。猪の図体が大きく、不要な内臓を抜いても二人や三人では担げない重量だ。

 五人で力を合わせて、ずりずりと村の中まで曳いて入る。ところどころ土が露出して滑りにくくなっていたが、それでも橇がないよりはましだ。


「よっしゃーー」

「おお、着いたぜ」


 子どもを預けた家の前まで達して、みんなで大きく息をついた。

 空き地に橇を入れながら、オイゲンが声をかけてきた。


「あとは俺らでやっておくから、ライナルトは娘を迎えに行ってやんな」

「おう、頼んだ」


 子どもを預けているということではケヴィンとイーヴォも同じだが、一人まだ赤子だという配慮だろう。

 ありがたく受けて、ライナルトは両手を払った。


「肉はみんなの分に分けて、お前さんのとこにも届けてやるから」

「おう」


 かけられた声を最後まで聞かず、脇の戸口に駆け寄っていく。

 ドンドン二度叩いて、返事を待たず戸を開く。


「済まん。娘は無事か?」

「まあまあライナルトさん、お帰んなさい。たいへんだったでしょう」

「娘さんは泣き通しだったけど、元気にしているよお。お乳もしっかり飲んでたし」

「おう、ありがとう」


 世話をしていたロミルダとイーヴォの女房ライナにはほとんど顔も向けずに礼を言い、脇の毛皮の上に膝つきで屈み込んだ。

 お座りをしていた赤ん坊が顔を上げ、大きなうす菫色すみれいろの目を丸くする。

 手を差し出すと、一瞬間を置いて、ばね仕掛けのように飛びついてきた。


「んんん――ぎゃあああーーー!」

「お、おう……」


 まだ立ち上がることもできなかったはずが、信じられないほどの瞬発力だ。

 伸び上がって分厚い毛皮の胸に頭突きをし、跳ね返り落ちそうになって両手で太い左腕に抱きつく。たちまち、両手両足を絡めて力の限り密着してきた。


「ひぇぇえええーーーーーーん」

「おうおう、悪かった。一人にして、ごめんな」

「びぇぇえええーーーーーーん」

「偉かったぞ、よく我慢していたな」


 もう金輪際離れないとばかり、両手両足を左肘付近に巻きつけ、肩に号泣顔を押し付けてくる。

 ついぞ見たことのない姿勢で苦労しながら、ライナルトはその尻に右手を添えて抱き上げた。

 頭を撫でても、当分泣き止みはしそうにない。しゃくり上げとともに、何度も両腕に力を入れ直し密着を強めてくる。


「何ともまあ、必死だねえ」

「さっきまで少し泣き止んでいたんだけど、お父ちゃんを見たらもう我慢できなくなったみたいだねえ」

「面倒をかけて、済まなかった」

「いえいえ。最初は酷い泣き方だったけど、泣き疲れてひと眠りしてからは、ずっと大人しくしてたんだよ。ずっと啜り泣きは続けてたけど」

「そうか。とにかくありがとう」


 毛皮の上衣の前を開いて娘を覆い直し、ライナルトはもう一度女たちに礼を述べた。

 戸が開いて、ようやくケヴィンとイーヴォも入ってきた。

 奥からそれぞれの子どもが「父ちゃん!」と駆け出してくる。

 まだ泣き続ける赤子を揺すり上げて、ライナルトは向きを変えた。


「じゃあまた、明日も頼む」

「ああ、またおいで」



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