12 傾聴してみよう 2

「××××」

「××××」


 聞こえてくる言葉を、口の中で真似してみる。けれども、まったくのところ意図したように唇や舌は動かない。

 当分、こちらが言葉を発声するのは無理のようだ。

 まず優先されるのはとにかく、聴きとりで意味を理解できるようにすることだろう。

 聞こえてくる音声を、まだ意味の分からないまま頭に再生する。次々と新しいサンプルを流していく。

 涙を啜りながら、そんなことに熱中していると。


「ほら」


 突然、鼻の少し先に小さな手が差し出されてきた。

 叩かれるとか触られるとかそんな近さではないので危険を覚えることもなく、ただぼんやり視線をそちらに向ける。

 すると。

 いきなりその人差し指の先に、火が点った。


「ひゃ!」

「どうだ」


 さっきまでこちらを観察していた男の子の、得意げな笑顔。

 それへ向けて、あたしの目は丸くなる。いや自分で見ることはできないけど、丸くなっているに違いない。

 一瞬前までは何もなかった爪の先に、指の半分くらいの大きさながら、赤い火が点っているのだ。


「なーあ?」

「どうだ、まほうだ」

「まあ、ほ?」


 聞こえてきた「まほう」という言葉は、何処からか頭に降りてくる「魔法」と同じ意味だろうか。

 得意げに、男の子は指先の火の点けては消しを数度くり返した。

 そうしていると、突然男の子の頭にぱしんと音が鳴った。

 立ってきた女の人が、平手で叩いたのだ。


「××××!」

「××××――」


 魔法だとすると、軽々と使ってはいけないということか。単純に、小さな子どもの近くで火を点けるのは危ない、という叱責か。

 情けない顔になって、男の子は離れていった。

 ちょっと、可哀相。

 それにしても。


――ここ、魔法のある世界だったのか。


 今の火、魔法と呼ぶにはおこがましいほどの小ささだったけど。

 とにかくも、種も仕掛けもない出現だった。

 あの小さな幼児が、目にも止まらない手さばきの手品紛いをやって見せたとも思えない。


――魔法、魔法……。


 誰でもできることなんだろうか。

 あたしにもできるんだろうか。

 見回しても、もちろん他に指に火を灯す者は見えない。

 好奇心を抑えられず、あたしは目の前に掌を持ち上げた。


――あの男の子、別に呪文とか唱えてはいなかったよな。


 ただ念じればできるものなんだろうか。


――火よ、いでよ。


 ――しいーーん……。

 当然ながらと言うか、何も起こらない。


――うん、分かってた。


 そんな簡単に実現できるなら、誰も苦労しないだろう。

 もしかして、できる人とできない人がいるのか。

 訓練とか、修行とか、例えば教会での承認みたいなのとか、そんなのが必要なのか。


――でもあんな小さな子にできるんだから、そんな難しい手続きが必要なものじゃない気がするんだよなあ。


 変わらず周囲の会話に耳を傾けながら、あたしはしばらくそんなことを考え、何度か試行をくり返していた。

 相変わらず目に涙は滲み出してくるのだけど、そんなこんなでいつの間にか時間は過ぎていたようだ。


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