10 山行と討伐 2

 夏場は水を湛えていることもあるという低地も、今は一面なだらかな白を広げている。もしかするとその下は氷を張ったり、泥濘ぬかるみを残しているのかもしれない。

 そこを越えた向かいの林がとりあえずの目的地だという。五人の足は、窪地の縁を回る迂回の形をとった。

 潰れた円形を三分の一周ほどしたところで、ケヴィンが目の上に掌をかざして抑えた声を発した。


なんかいる。そこそこ大きいんでないか」

「ん? おお、あれか。そうだありゃ、ししかもしんないな」


 林の中に目を凝らして、イーヴォも同意する。

 後ろに続く三人も、目を細めて凝視した。

 確かに木立の隙間に、雪に鼻先を突っ込んだ姿勢の薄茶の獣らしい姿が認められる。

 首を伸ばして。マヌエルが頷いた。


「だな、ししに違えねえ。大きさはちゅうくらいってところか」

「あんなのが徒党を組んで下りてきたら、えらいことになる」

「今日の標的ってことだな」


 オイゲンの付言に頷いて、ライナルトは周囲を見回した。

 もう少し進んだ林の手前が、少し左右に開けている。その辺りが適当か、と判断。


「ケヴィンとイーヴォ、そこまで進んだところで、弓で狙えるか。呼び寄せて、横に広がって迎え討とう」

「よっしゃ」


 岩山猪には、通常弓矢は効かない。目を射貫くでもしない限り、硬い毛と表皮は手製の矢程度を弾いてしまうのだ。

 それでもあの獣の習性として、攻撃されるとよほどの大きな脅威でない限り相手への突進を開始するということが知られている。

 その突進を招いて、弓矢と魔法で牽制した上でライナルトの大剣で仕留める、というのがこのチームの狩りの方針だ。

 魔狩人のグループを組んでいたときも、同様の動きだった。ライナルトは弓や魔法でこうした大物を狩るのには力と技量不足で難儀するが、仲間の牽制で勢いを殺した獲物を剣で屠る役割をならいとしていた。

 やや広い雪原に出て、ケヴィンとイーヴォは弓を構えた。木立は疎らなので、三十ガターほど先の標的まで遮るものはほぼない。

 続けざまに二本、矢が射かけられる。

 一本はすぐ脇の地面へ落ちたが、もう一射は見事標的の尻に命中した。しかしやはり予想の通り毛皮に突き刺さることはなく、そのままぽとりと落下している。

 それでも目論見通り、猪はぎろりとこちらに向き直った。

 間髪を容れず、疾走が始まる。


「来るぞ、構え!」

「おう!」


 ライナルトの両腕を開いた指示で、仲間たちは横に展開した。向かって右手に、ケヴィンとオイゲン。左手に、イーヴォとマヌエル。

 ケヴィンとイーヴォが続けて矢を射るが、猪は動じたふうもなく足を緩めない。

 二人は弓を捨て、五人で両手を前に構えた。

「撃て!」というライナルトの号令で、魔法の火が三つ、水が二つ、放たれる。球形で宙を飛んで獣の顔面に弾ける。

 目に見えるかどうかの程度、疾走の足は弱まったか。

 左右の四人はとりどりに魔法発射を続ける。

 その中で、ライナルトは腰の得物を抜き放った。

 両手で、左腰の高さに大剣を構える。

 連続した火と水の顔面破裂に、さしもの猪突も勢いが鈍る。そこへ向けて、全速で走り出す。

 ブオウ、と唸って、猪は近づく相手に狙いを定めて突進再開。

 ぐいぐいと、近づく。さらにその顔に、火と水が弾ける。

 ぎりぎりまで近づき、ライナルトの足はわずかに軌道を変えた。

 巨体をかわし、下から大剣が一閃。

 そのまますれ違い、毛深い薄茶は走り続ける。

 ひと息置いて。獣の前足が折れ、太い首から鮮血が噴き出した。


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