6 日課と狩猟 2
交換を終えると、いかにも嬉しそうに娘は明るい声を上げた。
「きゃきゃきゃ」
「そうかそうか、気持ちいいか」
片手で胸元に抱きしめ、揺すりながら室内を歩き回る。
ひとしきり赤ん坊の喜声を聞いて、炊事場に降りた。置いていた鍋で、ヤギの乳はほどよく冷めていた。
暖炉近くの椅子で膝に載せ、木匙で乳を飲ませる。不器用な給仕で円滑に進むとは言い難いが、それでも娘はいつもながらの量を休みなく飲み干した。
食の進みや排泄の具合を見ても、健康に問題はなさそうだ。
安心して胸に抱き寄せると、満足そうに柔らかな重みが凭れてくる。
「わあーー、ああーー」
少し休ませた後、毛皮の敷物の上に座らせた。
最近はようやく自力で座ることができるようになっている。初めのうちは一度座ったかと思うと立ちどころに前やら横やらへ傾き転がってしまい、慌てて支えるのに難渋したものだが、今は背中に宛がうものも要らなくなったところだ。
いくつもの木片を磨いた玩具を出してやると、赤子は喜々としてそれを掴み上げる。角を丸めた直方体や半球形など、さまざまな形を転がしたり積み上げたり、慣れた独り遊びを始めている。
その様を見守りながら、ライナルトは自分の朝食を済ませた。
こんな時間も、娘はここのところ急速に聞き分けよく大人しくなった印象だ。突然泣いたりぐずったりと、こちらの作業を邪魔することがほとんどなくなっている。
そんな点にも安心して、食器洗い、洗濯など、家事をこなしていく。
「わうわう、わあーー」
午近く、声が少し変わったなと覗いてみると、娘の手はしきりと胸から腹を撫でていた。空腹を訴えるときによく見せる動作だ。
予想して少し前から用意していた乳を、持ち上げる。
膝に載せると、赤子はさも嬉しそうに旺盛な食欲を見せていた。
満腹すると、木片遊びに戻る。
ライナルトも座を落ち着けて、弓矢の手入れを始めた。魔狩人時代から主な武器は大剣だが、駆け出しの頃に先輩から弓の扱いを教わり、自作の
森での野鼠や野兎狩りにはこの道具の方が勝手がいいし、春からの村人たちとの共闘に備えて、明日から若手のケヴィンとイーヴォに教授を始める約束にしているものだ。
木の枝から矢を作るべく小刀で削っていると。
傍らから、ごとりという鈍い音が聞こえた。
わずか数ミーダ前には元気よく木片を転がしていた娘が、横倒しになって目を閉じていた。すうすうと穏やかな息が聞こえる。
こうした一瞬で何かが切り替わったような唐突な寝入りは、日常のことだ。起こさないように慎重に抱き上げて、ライナルトは小さな身体を寝台に運んだ。
いつもの昼寝で、数アーダ(時間)は目覚めないのが常だ。
「よーく眠れよ」
まだ薄い金髪の頭を撫で、しばらくその寝息の鎮まりを確かめ。
そっと足音を忍ばせて、ライナルトは弓矢を手に外に出た。
この日は往復三十ミーダで行けるだけ森の奥に入り、獣たちの様子を確かめるつもりだ。
まだ深い雪の中を進むと、ところどころに動くものの気配が感じとれた。
バサリと木立の間を駆け出すタイミングを捉えて、矢を射る。短い時間で、野兎を一羽、野鼠を二匹、狩ることができた。
さらに森の奥の気配を窺い、足速に引き返す。
里に戻ると、中央付近で薪割りをするケヴィンの姿が見えた。手を振ると、刃物を置いて駆け寄ってくる。
「森へ入っていたのかい。様子はどうだ?」
「浅いところじゃ、野兎と野鼠がちらほらしているくらいだな。もっと深いところでは落ち着かない気配も感じられた。そろそろ、大きい獣が動き出しているのかもしれん」
「そうか、そいつらがこっちに出てくる前に、減らしておきたいもんだな」
「ああ。明日から少しずつ、そのつもりで訓練をしていこう。ああこれ、村の者で分けてくれ」
「おお、ありがてえ」
いずれも食用になる獲物を渡すと、若者は破顔した。
冬の間には貴重な蛋白質源だ。
娘の様子が気になるライナルトは、その分配を任せて忙しなく家に戻った。幸い、寝台では穏やかな寝息が続いていた。
***
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
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