5 日課と狩猟 1

 まだ暗い中、ライナルトは目を開いた。

 深々と息をつき、赤ん坊のへばりつく左腕をそっと引き抜く。

 小さく口を開いてくうくうと息を漏らす寝顔を確かめ、その全身を改めて毛皮でくるみ直す。

 暖炉に薪を足して火を落ち着けたところで、戸口を開いた。山際がわずかに明るみ出した朝の気配に、この日は雪も止んでいた。

 もう一度赤子の寝姿を振り返り、大きな木桶を二つと天秤棒を持って外に出る。

 一夜の積雪はわずかで、雪かき道具はいらないだろう。棒の両端に桶を下げ、肩に担いでライナルトは北への小道を辿った。

 村の西端を流れる川を五百ガターほど上流に登った箇所が、村人たちの水汲み場になっている。そこより少し下で西の森からの小川が合流して、その先ではどうしても寄生虫が残るので、これだけ登らなければならないのだった。

 桶二つに水を汲んでいると、同じ道を若い男が登ってきた。


「やあお早う、ライナルト。いつも早いな」

「おう、お早う」


 このケヴィンは子どもを除くと村の最若手で、無愛想なライナルトにも親しく口を聞いてくる男だ。

 村を挙げての害獣狩りではこれまで最も当てにされている戦力だったが、新しく加わる元魔狩人に期待を寄せて興味津々らしい。


「あんたが村に来て、三月みつきを超えたところか。いつも先に雪をかいて道を空けてくれてるんで、水汲みが助かってるぜ」

「ああ」

「ようやく雪も減り出してきたみたいださ。例の準備、そろそろ始めるか?」

「ああ。そうだな、明日からうちに来てくれ」

「じゃあ、イーヴォにも声をかけとくぜ」

「ああ、頼む」

「よっしゃ、腕が鳴るぜ」


 ライナルトより頭一つ背は低いががっしりした体格の若者は、一度右腕に力瘤を作るポーズを見せて、笑いながら桶を川に入れていた。

 頷いて、ライナルトは水を満たした桶二つを担いで帰路を辿る。

 土間に桶一つを運び入れながら覗くと、娘はまだすやすやと眠っていた。

 安堵して、再び外に出る。

 残りの桶一つを手に提げて、村の入口近くまでは二百ガータほどの距離だ。端の家の戸を叩くと、すぐに老婆が顔を出した。


「お早う、ロヴィーサばあ

「やあやあ、お早うさん。毎日済まないねえ」

「お安いご用だ」


 土間の中まで桶を運び、瓶に水を注ぎ入れる。

 このヨッヘムとロヴィーサ夫婦の家だけは老人以外人手がなく、夫が腰を痛めている現状なので、自宅のついでに水汲みを引き受けているのだ。


「ありがとうよ」

「おお」


 奥から礼の声をかけてくる老爺にも手を挙げ、空の桶を担いで家に戻った。

 家では、変わらず赤ん坊が眠り続けていた。

 その寝顔に安堵して、朝の支度を始める。

 この日も、水汲み作業は三十ミーダ(分)以内に収まった見当だ。

 ここに住み始めてからライナルトの外出は、娘の熟睡を確かめた上で三十ミーダ以内にするようにしている。時計のようなものはないので、体感に頼ってのことではあるが。

 朝の水汲み以外は、午過ぎの昼寝時を見計らって近場での薪集めや野鼠狩り程度に限られる。どれも積雪の中では当てにならない用事だが、ライナルト自身の身体を鈍らせない目的もあってのことだ。

 ヤギの乳を搾って、竈で加熱。鍋を下ろして冷ましていると、寝台から声が上がった。


「あーー、わうーー」

「おお、目が覚めたか」


 ライナルトとしてはあまり数多くない、声をかけながら足速に寄っていく。


「よしよし、よく眠れたか」

「きゃきゃきゃ」


 抱き上げると、機嫌よく両手を振り動かし。

 それからやや顔をしかめて、娘は自分の腰をぽんぽんと叩いた。


「ばあーーううーー」

「そうか、おむつを替えるか」


 最近は何となくだが声の調子や動作で赤ん坊の要求が分かる気がしてきて、世話も捗るようになってきた。

 他所の育児も同じようなものなのか知る由もないが、自分が少し慣れてきたということか、子どもの成長のあかしなのか、いずれにしてもありがたい話だ。



    ***


 今年最後の投稿になります。

 一年のご愛顧、ありがとうございました。

 どうぞよいお年をお迎えください。


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