第一章 第六話
秋哉が十時に文芸部部室へ着いて一時間程経つが、部長以外の生徒が現れる気配は全く無かった。
今朝の冬也との問答の所為で課題が中々進まない。冬也の秋哉への執着は今に始まった事では無いが、疲れている時は鬱陶しいのだ。特に朝出掛ける前は止めて欲しいと思っている。
出掛ける前に無理矢理冬也が引き止める所為で登校が遅れたのは一度や二度じゃない。秋哉にも都合があるのだ。遅刻しなければそれでいい訳じゃない。
受験用の勉強をしている部長が椅子の中で背を伸ばし、気の抜けた欠伸をする。一緒に三つ編みがぴょんと動く。
「秋哉。飲み物買ってきてくれ」
「……なんで僕が」
部長の言う飲み物とは、絶対的にスポーツドリンクの事である。
「根を詰めるのは創作する時だけにしとけ」
「先輩はもっと根を詰めた方がいいんじゃないですか。その調子だと来年も高校三年生ですよ」
「安心しろ秋哉。私はテストの成績は良い。テストは特技と言ってもいい。内申は悪いが最早打つ手無し」
「……ですか」
「ちょっと遊んで来ても構わんよ。荷物も置いてっていいぞ。何かあれば放送する」
「止めて下さい。僕の内申まで下げる気ですか」
席を立ち「行って来ます」と秋哉は部室を出た。部長に従う訳じゃないが、自販機へ向かう前に、別棟のオカルト研へ向かう。祠宇が来ている筈だった。
祠宇は放っておくと休むのもわすれて夢中で打ち込む所がある。連れ出して軽く話すつもりだった。それは秋哉にとっても、いい息抜きになるだろう。
ひっそりとした別棟の部室の扉を秋哉が叩こうとすると、内側から扉が開く。
顔を出したのはオカルト研の副部長だった。
顎の辺りで揃えた縮毛矯正済みの黒髪と、自信のあるカリスマ的オーラ。内面もそれを補完するかのように不敵で、ひょうひょうとしている。
「来ると知っていたよ」
「占いですか」
秋哉が微笑むと副部長もニッと微笑む。副部長は学園の人気占い師だ。
美貌と色気、自信と寛容、占い師としての魅力が副部長には揃っている。
しかしそれ以上に、呆れる程の占いオタクだ。UFOにも伝承にも関心の無い彼がオカルト研へ入っているのも、ひとえに占いをする為。
副部長の占いは評判が良い。
……当たるのだ。祠宇の話では「相談」客は教師にまで及んでいるという。
「祠宇に用があるんだろ。今来るよ」
「何でもお見通しですね」
「ふふ。秋哉はいつ俺に占わせてくれるのかな」
「先輩の卒業までには是非」
実力を疑っている訳じゃないが、占って欲しい事も無ければ、待っているのはドウセろくでもない未来だと思うと、先の事を思って秋哉は辟易とした。秋哉も一度くらいは副部長の手並みを間近で拝見したいと思ってはいるのだが。
「秋哉」
部室の黒いカーテンの中から祠宇が現れた。オカルト研部室は黒いカーテンで仕切られていて中が窺えないようになっている。副部長の占い部屋もその内の一つにあった。
「祠宇、ちょっと出ない」
「中庭の自販機がおすすめ」
「占いですか」
と今度は祠宇が首を傾げて訊く。副部長は肩を竦めると、秋哉の背後に視線を移した。
見ると、一年生の女生徒が立っている。秋哉が女生徒の顔を見ると、女生徒はきっと秋哉を睨んだ。経験上、相手を……秋哉を憎んでいる目だ。
「待っていましたよ」
副部長が女生徒へ声を掛け、すっと無駄の無い動作で女生徒を中へ入れた。顎で部室を離れるよう副部長に促され、秋哉と祠宇は黙って視線を交わし合い、別棟を出た。
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