第一章 第三話

 奥でオレンジの光が揺れている。祠宇の家へ向かった時に使った、暗い道を秋哉は下っていた。

 今度は懐中電灯も無く、暗いを通り越して闇だ。その闇の中に、その光は突如として現れた。


 突如、と言っても闇の中で秋哉の遠近を掴むかんかくは狂っているので、突如現れたようにかんじられた、と言う方が正しい。

 それにこの場合、突然暗闇から現れるのは光を持たない秋哉の方だった。


 段々とオレンジの光が近付いてくる。


 秋哉は立ち止まった。

 寸前まで近付いた光が悲鳴と共に揺らいで、地面へ落ちた。

 がしゃんと言う音と一緒に炎が散る。秋哉は暗闇で狼狽える相手の前で落とし物を拾った。


(燃えなくて良かった。)


「すみません、驚かせて」

 秋哉はそっと相手の手を取り、提灯を渡した。

「いいんです、大丈夫」

 聞くだけで安らぐような穏やかな声だった。

「今時提灯とは、珍しいですね」

「君は、若いね。学生?」

 と彼は調子を取り戻して訊いた。


「まあ、そんな所です」

 夜間外出を咎められるかと思ったが、彼はそれ以上何も言わなかった。

「じゃあ」

 と別れを告げて、彼は去ろうとした。

 しかし暗闇の中で足元が覚束ず、音だけでも彼の方向かんかくが失われているのがわかった。

 既に、秋哉は夜目が効き始め、暗闇の中を進む術を得ていたが、提灯を頼りに進んでいた彼にはまだ厳しかったのだろう。


 秋哉は彼の腕を掴み、

「僕は大角豆ささげ秋哉と言います。これもなにかの縁だ。家まで送りますよ」

 と呼び止めた。


 突然腕を掴まれてぎょっとした相手は一瞬、声を失ったが言葉の意味を把握すると、

「けれど……」

 と助けは要るが、年下の手を借りるのは躊躇われる、と言った風の気弱な声を発した。

「家は近いですか」

「後、一キロ程。」

「ああ、なんだ。近いじゃないですか。僕の家もこの辺りなので、お気になさらず。失礼しますよ」

  眉一つ動かさず嘘を吐くと秋哉はすこし迷った後、彼の手を取った。

「……有難う。助かるよ」


「元はと言えば、僕の所為ですから」

「僕は枸杞くこ。君は秋哉君、だったよね」

「はい、合っていますよ」

「良い名前だ」

 まだ枸杞の声は強張っている。

 夜に外をフラフラ出歩くのに向いている人じゃない。

 どうしても出掛けなければならない用でもあったのだろうかと秋哉は勘繰ったが、訊かなかった。


 枸杞が何も訊かなかったからだ。


 さっき、枸杞が不自然に会話を切り上げたのは、今、枸杞自身が訊かれると困ることをしているか、他者に土足で心に踏み入られるのを拒絶したかのどちらかだろう。


 藪をつついて蛇を出しても命を危険に晒すばかりでいいことは何も無い、と身勝手な両親と兄を持つ秋哉は承知している。

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