第43話 だいたいライバルは片思い

 突然の声に視線を上げると、天川の前にひとりの少女が立っていた。少女と言っても年齢は俺たちと変わらないくらいで、鮮やかな着物を身にまとっていた。 


 茶髪のボブカットですこし気が強そうな女の子だ。


 そんな彼女の鋭い視線に押されるようにして、ベンチを立って天川と視線をかわす。


「……だれだっけ? 島崎くん、知ってる?」


「知るわけないだろ……」


「じゃあ、誰の知り合いかしら?」


「流れからして天川の知り合いっぽいけど?」


「まるで覚えがないわね」


 テンション高く現れた少女だったが、天川のボケっぷりに業を煮やしているようで、わなわなと拳を震わせていた。


滝野たきのれいよ、た、き、の、れ、い!」


「……なんか記憶の片隅にあるようなないような気がするわね」


「おかしいでしょ! あなたと同じ年に新人賞でデビューしたライバルよ⁉ なんで忘れられるの!」


「ごめんなさい。ちょっと眼中になかったから」


「謝るならせめて取り繕いなさいよ! 眼中にないって悪びれる気もないじゃない!」


 ぷんすかと腕をぶんぶんと振る彼女だったが、天川は平然としていた。


「それで、用がないなら帰ってくれるかしら?」


「用があるからわざわざパーティー抜け出してここに来たんでしょうが!」


「ああ、会場にいたのね。ごめんなさい。影が薄かったから気付かなかったわ」


「だから悪びれなさいよ! 少しは気にかけて、お願いだから!」


 なんだろう。ちょっとかわいそう……。


「それで阿倍野さん、なんのようだったかしら?」


「もう阿倍野でもいいから話を進めるわよ!」


 騒ぎに騒いで息が上がった彼女は、深呼吸をしてから話し始める。


「まずはさすが私のライバルとでも言おうかしら。この出版不況、電子媒体に移行の時代で重版がかかるとは」


 生々しい話をぶち込んでくるなぁ……事実なんだろうけど。


「天川詩乃、去年の最新刊は重版二回かかってるわよね」


「ええ、そうね。あなたのは一回だったかしら?」


「そ、そうよ! よく知ってるじゃない!」


 なんか嬉しそうだな滝野さん。


 たぶん天川に構ってほしいんだろうな。


「っていうか、しっかりチェックしてるのになんで名前覚えてないのよ!」


「ペンネームと作品名覚えてれば問題ないもの」


「問題大ありよ! 現にこうしてコミュニケーションに支障が出てるじゃない!」


「私は困ってないけど?」


「わたしが困ってるの! このわたしが!」


 よく見ると天川の口元が笑っている。こいつ、遊んでやがる……。


 だが、滝野さんはそれに気づかず、天川に食いかかる。


「わたしは編集長の娘としてデビュー。あなたは漫画家二世として同期デビュー。わたしたちは同じく特別な家系に生まれたというわけ。これを運命のライバルといわずして何といえばいいと思う?」


「偶然?」


「そうなんだけど! 現実問題そうなんだけど! すこしは展開盛り上げなさいよ! それでもあなた漫画家⁉」


「ごめんなさい。作品と現実はきっちり分けるタイプだから」


「その妙に冷めてるところがムカつく~!」


「天川、そこらへんにしといてやれって。いい加減可哀想になってきた」


 そう声をかけると、滝野さんはこちらに視線を向けてくる。


「あなたは……谷崎藤村ね。まさかこんなところにいるなんて」


「顔を知ってもらえてるなんて光栄だな」


「それなりに有名だしね」


 っていうか、もしかして今の今まで俺がいるのに気づいてなかった?


 そんなに影薄いのか、俺……。


「でもまあ、あなたたちふたりはお似合いよね」


「だって、島崎くん」


「第三者に言われるとちょっと照れるなぁ」


「キスでもしちゃう?」


「うーん、その手には乗らないぞ~」


「の、ろ、け、る、なー! お願いだからすぐに蚊帳の外にしないで! そもそも、お似合いって褒めてるわけじゃないから!」


「じゃあ、ほかに何があるんだ?」


「そりゃ悪い意味よ」


 何かあるだろうか。


 必死に頭を回して見ても思いつかない。


 というか、天川と俺は対照的すぎて共通点が少ないのだ。それでお似合いと言われ

てもピンとこない。


「はあ、ラノベ作家様も鈍いのね」


 滝野さんがため息をついたあとに発した言葉に耳を疑った。





「あなたたち二人とも業界から去った者同士じゃない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る