第42話 ライバルの登場はいつも唐突
出版社パーティーは作家をねぎらうために行われるものだ。
今回は漫画家のパーティーではあったが、天川の連れとして参加することになった。
この出版社は、以前俺が本を出していたところということもあって、比較的参加しやすいのも幸いした形だ。
「何度来てもすげぇ場所だな」
以前来たのがちょうど一年前の夏。
その時と会場は違うが、港区のホテルの会場を貸切ってのパーティーなのだから、つい委縮してしまう。
見上げるほど高いホテルの中に入れば、エントランスの大理石がピカピカに輝いているのが目に入る。
受付の女性をはじめ、どの職員も上品が服を着て歩いているような人たちばかりだった。
そして会場に入ると、豪華なバイキング、正装を身にまとった編集者や作家たち。男女も年齢も様々だが、かなりの有名人もいる。
「初めてでもないんだし、緊張しなくたっていいじゃない」
隣を歩く天川はまるで委縮した様子もない。
さすがに恥ずかしいということで天川の両親とは別行動をしているが、あのふたりも有名人ということもあって、かなり囲まれている。
というか、あのリードと目隠しのスタイルまで有名なのか、誰もツッコまない。なんか俺がおかしいんじゃないかと錯覚してしまう。
「島崎くんだって作家なんだし、堂々としてればいいのよ」
「自己肯定感の塊のお前と違って、俺は小心者なんだよ」
「女にはほいほい手を出すくせに?」
「ほんと、すみませんねぇ!」
そんな軽い話をしながら、ずらりと料理が並んだバイキングから選んでいく。
一口サイズのサンドイッチ、ローストビーフ、よくわからないが高級そうなチョリソー、そしてデザート群。天川はその中から迷いもなく平皿に乗せていく。
俺はずいぶんと吟味したが、ようやく盛り付け終えると天川が待っていてくれた。
「俺なんか待ってないで他の作家に挨拶でもして来ればよかったのに」
「軽く済ませておいたから大丈夫よ。それより今日はあなたとパーティーに来れたのが嬉しいの」
「それは作家として嬉しいのか、天川としてなのか、どっちなのかね……」
「さあ?」
くすりと笑う天川は上機嫌だった。
今日ここに来たのは俺の復帰のための一歩でもある。
業界から距離を取っていたこともあって、参加すれば何かきっかけになるかと思ったが……何もない。
だが、天川がいると心強いのは事実だ。
「島崎くん、見て見て!」
天川が手を引いて連れてきてくれたのは会場の端っこだった。
そこにはフィギュアやゲーム機などが積み上げられており、小さな山が連なっていた。
「これ今回のビンゴ大会の景品じゃないかしら?」
「なるほどな……PS5とかほしいな。結局買えてないし」
「私は当たれば何でもいいかな」
「随分と欲がないんだな」
「当たったという事実が重要なのよ。縁起がいいじゃない」
今日の天川はかなり活動的だ。俺をあちこちに引っ張りまわしたり、一緒に飯を食ったりしており、気付けば緊張なんか抜けていた。
しばらくして会場に人も集まってきて定刻になると、イベントが始まった。
まずは司会やお偉いさんの挨拶から始まり、新人賞を受賞した作家の挨拶だ。
「私も島崎くんも通った道ね」
なぜか嬉しそうな天川に、俺も微笑み返す。
恵莉奈に言われた通り、天川といると笑うことが多いのかもしれない。それはきっと俺にとっていいことだし、天川にとってもプラスだと信じたい。
その後のビンゴ大会ではふたりとも見事に外れとなり、意気消沈していたがグラビアアイドルのお披露目が始まり、会場が色気づく。
スタイルのいい女性たちがドレスや少し露出のある衣装を身にまとって、次々に壇上にあがっていく。
「し、ま、ざ、き、く~ん?」
「おっと、なぜか死の予感が……」
「なに鼻の下伸ばしてるのかしら?」
「い、いや、その……なんか今日厳しくないか? 恵莉奈といるときはここまでじゃないだろ……」
「だって神原さんは一応元カノだし、多少はデレデレしてもしょうがないっていうか……」
天川の独自基準、厳しい……。
その後はつつがなく進行していき、交流会の時間が設けられた。
各々が気になる人に声をかけて人脈形成をする、いわゆるビジネスの時間。そんな中、天川と俺はというと……。
「外に出ましょうか」
「だな」
陰キャ気質の俺はもちろん交流会は苦手だった。だが、意外にも天川もそうだったようだ。
外に出ると蒸し暑い夜風を感じ、ビル街の輝きが目に入ってくる。
そんな中を歩いて辿り着いたのは都心のど真ん中にある公園だった。こんなビルの熱帯雨林の中にも公園があるのは意外だったが、ふたりでベンチに腰をかける。
夜の公園灯はぼんやりとオレンジ色に公園内を照らしており、俺たちのいるベンチはちょうどスポットライトが当たる感じになっていた。
「はぁー、やっと抜けてこれたわね」
「抜け出してよかったのか? 天川はああいうところで人脈作るタイプだと思ってたけど」
「それで売れるようになってもまたやっかみを受けるだけじゃない。七光りって言われるだけでお腹いっぱいなのよ」
「それもそっか」
「それより、島崎くんは頑張ったわね。二時間くらいいたけど、結構つらかったんじゃない?」
「本音を言えば楽ではなかったな」
天川は俺の症状を知らない。それでも業界を避けていることや、複雑な感情を持っていることくらいは勘づいていたようだった。
そんな俺に気を使って、早々に連れ出して外の空気を吸わせてくれたのだろう。
普段の言動からはあまり想像できないが、天川はかなり気遣いが出来る女の子で、そんなところも好きだなと思う。
「あーあ、夏休みは憂鬱だな」
「私といっしょだから?」
「違う違う。テストの結果発表は夏休み明けだろ? そのせいで休み中、気が気でない」
「ああいうのは気にしないのが一番よ。もう終わったことなんだし」
「ほんと、その図太い精神は見習いたいもんだ……」
天川みたいになれたら、もう一度書くことが出来るのだろうか。
そんなことを考えてしまい、彼女との差を感じて少し落ち込んでしまう。
「こんなところにいたのね、天川詩乃!」
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