第5章 最終通告

第41話 遺伝を発見したメンデルは偉大

「遠慮せずくつろいでて」


 東京都港区。


 言わずと知れた都市部であり、東京タワーもここ港区にある。


 その他にも放送局や外資系企業もあるが、一番はタワマンが有名だろうか。金持ちはなぜかこの土地に住む習性があるらしい。


 そして人気漫画家様である天川詩乃の実家も港区のタワマンの上層階にあり、そこにお邪魔している。


「すげぇ……ほんとにタワマンって存在するんだ」


 リビングの巨大な窓からは、乱立したビル群を覗くことが出来る。


 貧民出身の俺からすれば、まさに異世界だ。


 このリビングもかなり広々としており、ヤマユリ寮の総面積と同じくらいはありそうだった。


「意外とすぐに飽きるものよ。小学生の頃には感動もなくなっていたし」


「贅沢なこってよ」


 天川はいつものフェミニンな装いではなく、黒いパーティードレスに身を包んでいた。かくいう俺も、久々にスーツを着用している。


「思ったより似合うのね、その服装」


「そ、そりゃどうも」


 天川にしては比較的素直に褒めるものだから、つい照れてしまい、外に視線を向ける。


 しばらく顔も合わせづらく、戸惑っていた時だった。


「あら、もう彼氏を連れ込んでいたのね」


 天川のように澄んだ声に振り返ると、そこにいたのは


「変態だぁぁぁぁぁぁッ‼」


 天川とは対照的に白いドレスを着た黒髪ロングの美女がリビングに入ってきていた。


 それはいい。それだけならいいのだ。


 問題はその美女が犬の散歩用リードを握っており、そのリードが目隠しをされた男性の首に繋がっていることだ。まるで人権を感じないこの男性に妙な親近感がわく。


 この男性も正装と言うべきか、黒いスーツを身にまとっているが、正装の意味をなしていない状況なのは言うまでもない。


「もうっ、彼氏が来るなら言いなさいよね」


「お、お母さんったら! 彼氏じゃないから!」


「そうだったわ、元カレよね。でも安心なさい。酒飲ませてホテルに連れ込めば復縁も出来るから」


 この親にしてこの子ありだった。


 だが、天川にお母さんと呼ばれた女性は、見た目は三十歳前後に見える。天川をそのまま大人にしたような感じで、美魔女というにふさわしいが、天川の年齢を考えると四十歳くらいが実年齢のはず。ますます美魔女である。


「ってそうじゃない! なんで天川は平然としてられるんだよ! この室内散歩に何も思わないのか⁉」


「ごめんなさい。紹介が遅れたけど、このふたりが私の両親なの」


「あっ、どうも初めまして、島崎潤一郎です」


 ぺこりと頭を下げると、ふたりも丁寧なお辞儀をしてくれる。


 そんな常識的なことじゃなくて、いろいろ聞きたいこともあるけど……。


「私は詩乃の母親。ペンネームは『謎の作画S』よ。あなたが旧元カノ振って、詩乃に手を出したのに振った男、島崎潤一郎くんね」


「改めて口に出されると辛いっす……」


「いいのよ。男の子なんてだいたいこんな感じだし、うちの旦那も似たようなものだったから」


 それはそれでどうなんだろうか……。


 困惑していると、お父さんの方も話を振ってくる。


「謎の作画Sの旦那で詩乃の父親、『謎の原作M』だ、よろしく島崎くん」


 目隠し、そしてリードに繋がれた大人の男性が手を伸ばしてきて、握手する。なんだここれ。


 あと、ふたりとも本名を名乗らないのはなぜ……?


「詩乃から話を聞いているけど……うん、他人とは思えない親近感を感じるな」


「すみません、できれば他人でいたいくらいの変態なので勘弁してください」


 というかどうなってるんだ、この両親。


 天川家、変態しかいないのなぁぜなぁぜ? 


 その視線を天川に向けると、目を逸らしながら苦笑した。


「ごめんなさい。うちの母親、サドにもマゾにもなるから……。首輪とかは許してあげて」


「マゾがサドかは問題じゃない!」


 まあまあ、問題な気もするけど!


「なぜ人前でこんなことをしてるか聞きたいんだ!」


「それについては私からお答えしようかしらね」


一歩前に出てきたのは天川の母親、謎の作画Sさんだった。


「うちの夫、ちょっと女たらしというか……」


「…………」


「浮気性じゃないんだけど、女が寄ってきちゃうというか……」


「…………」


「だからこれくらいしないと、人前に出すのは難しいっていうか」


「まさか、外出するときはいつもこれなんです?」


「そんな変態プレイするわけないじゃない。島崎くんって面白いのね」


 そう、くすりとほほ笑む母親を見て天川が躍起になる。


「お母さん、島崎くんに色目使わないでよ!」


「そんなことしてないからな⁉ もうどうなってんだよ、この親子!」


 わからない! 何も分からない! 


「でもさすがにパーティーともなると、目隠しとリードくらいはしておかないと、いつの間にか女連れてきちゃうから……」


「どんな異能ですかそれ……」


「夫も夫で優柔不断で、女の子の誘いを断れない性分だから、なかなか厄介なのよ」


「で、でも俺が愛してるのは嫁さんだけだぞ!」


「もうっ」


 なんかいきなりのろけ始めたぞ、この変態夫婦……。


「そろそろ時間かしらね」


 天川のお母さんが腕時計に目を通すとちょうどいい時間だった。


「それじゃあ、出版社パーティー、行きましょうか」

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