第4章 選ぶよ
第35話 海のナンパは意外と成功する
「あ、あの~、そこのお姉さん。ちょっと俺と遊びませんか?」
島崎潤一郎、ニ十歳。千葉の海岸にてナンパをする。
事の発端はつい先日のことだった。
期末試験を乗り越えた俺たちは無事に夏休みに突入した。
部室に四人で集まると圭吾が「夏だし海行こうぜ! 一泊だけでもさ!」と速攻で企画を立てた。
善は急げとばかりにさっそく恵莉奈の車に乗って、八王子から千葉の海岸まで来た俺たちは浜辺に出たのだ。
燦燦と輝く太陽、その熱を受けて温まった砂浜。その熱さを足の裏に感じると、海に来たと実感できる。
海シーズンということもあって、浜辺は水着の男女で賑わっていた。
「そう言えば圭吾。天川と恵莉奈みなかったか?」
「いや? まだ着替えてるんじゃないのか?」
女子の着替えは長引くのだろう、そう結論付けてふたりで海を眺めながら雑談をする。
ふと気になったことを圭吾に尋ねた。
「部費での旅行になったけど、うちにそんな部費あったか?」
「あー、ないことはないんだよ。学祭とかで部誌売って少しずつ貯めてたし」
「でもそれって圭吾と恵莉奈が稼いだもんだろ? 俺がこの旅行に参加していいのかよ」
俺は去年の夏に創作同好会を退部している。それまでに部誌を作ったこともないせいで、俺が部にした貢献はないに等しいのだ。
「島崎が来るのは、神原も俺も納得してのことだよ」
そう言うと、圭吾は手持ち無沙汰そうに砂を弄り始める。
「俺、嬉しかったんだよ。お前がまた書くって言ってくれてさ」
天川との制服デートのあとから、俺は部室に顔を出すようになった。
とはいえ、まだ活動は出来ていない。いまだに吐き気も頭痛もある。
それでも少しだけでもやれることを、この足を前に進めることをしたかった。
天川みたいに。
「だからこれは島崎の復帰祝い、その旅行だ。そのためなら稼いだ部費くらい惜しまないぜ」
もちろん神原だってな、そう笑ってくれる。
らしくもなくきらきら友人ムーブをかます圭吾に感涙していると、元気のいい声とだらけた声が聞こえてきた。
「お待たせしたっす~」
「あっついわね……」
元気満々の恵莉奈、それとは対照的に暑さにやられたインドア派の天川という組み合わせでこちらに駆けてきた。
天川と恵莉奈はどこからどう見ても美少女だ。だからこそ、その水着姿にも期待はしていた。
「ってなんでだよ!」
ふたりはオーバーサイズのアウターを羽織ってしまっていた。あろうことか、ビキニもパレオも見えないのだ!
オーバーサイズとはいえ、所詮はアウター。白く眩しい肉付きのいい太ももはばっちり見えているのは嬉しいのだが……。
「海にきてそのカッコウはマナー違反だ! なぜそんな無粋なものを着る!」
「日焼けしたら嫌に決まってるからじゃない」
「そうっすよ! 白ギャルが黒ギャルにフォルムチェンジしちゃうっすよ!」
「そうそう。だから今日一日はこのままでいようかなって」
「そんな! 日焼け止め塗ればいいじゃないか!」
「嫌よ。それでも日焼けするかもだし」
そりゃ、女の子のお肌事情とか考えればそうなんだけどさ……。
天川にいたってはコスプレ活動にも影響が出るし、仕方のないことなのかもしれない。
でもその……開幕一番で男の夢を砕かないでいただけるとありがたいです……。
「まあ、島崎くんが必死になるのも分かるけど」
「そうっすね~。師匠じゃ、あたしたち以外に水着の女の子が相手してくれるなんて、まずないっすからね~」
「おいおいおいおい、聞き捨てならねぇな! 俺がそんなにモテないとでも⁉」
「だってデートでもデリカシーないし」
「髪のセットも知らなかった男っすしねl」
「お前ら、今日に限って仲良くない? 良すぎない?」
いつもいがみ合ってるのに、俺を叩く時だけは謎の団結見せるよね……。
「というか、そんな事情が分かっているなら、はやくそのアウターをだな……。土下座でも何でもするんで、お願いできないですかね?」
「プライドとかないんすか?」
「土下座してビキニが拝めるなら、焼きそば鉄板の上でも土下座するけどな!」
ふたりは俺の言葉に思わず苦笑する。
「鉄板の上で土下座されても困るっすからねえー。条件でも出そうじゃないっすか」
「そうね。それがいいわ」
なにやら話し合いを始めた二人だったが、しばらくするとまとまったようだ。
「女の子をナンパして私たちのところに連れてきて」
「そうしたらアウターは脱ぐっすよ~」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
潤一郎が張り切って砂浜をダッシュしていったのち、残ったのは圭吾、詩乃、恵莉奈の三人だった。
計画通り潤一郎をたきつけた詩乃と恵莉奈は圭吾にとある提案をしようとしていた。
「ということで……あなた誰だっけ?」
「部長なのは覚えてるんすけども……」
「圭吾! 桟橋圭吾だよ! 部長の名前忘れるなよ!」
このふたりが潤一郎にお熱なのは圭吾もわかっている。でも、名前くらいは何とかならないものか。そう思ってしまうのも無理はない。
「あれだろ、あれ。分かってる。準備してきてあるよ」
圭吾はクーラーボックスの中からウィッグやらメイクやら取り出す。
「にしても、わざわざ変装してまでやることか?」
「だってそうしないと不公平じゃない?」
「変装して公平になるとも思えんがな……」
「どっちが島崎くんにナンパしてもらえるか」
「その勝負を公平に行うためっす!」
「はいはい、分かったから。さっさとメイクするぞ……」
圭吾はしぶしぶふたりの変装を手伝うのだった。
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