第31話 制服デートは期間限定の特権
憎たらしほどの暑さはなにも八王子だけではない。
都心である新宿も、例にもれず日本らしい暑さを提供してくれる。だが、その暑さは八王子のものとは違い、ビルが密集して熱を逃がさない構造や排気ガスなどの熱によるヒートアイランド現象が原因だ。
俺が着ている学ランが黒なこともあって、余計に熱い。
暑さを誤魔化すために清涼感のある歌を聴こうと有線イヤホンを付けようとした時だった。
「潤一郎く~ん、お待たせ~」
そんな暑さを吹き飛ばすほど爽やかなセーラー服の『詩乃』が駆けてくる。
夏の陽射しを受けて輝く黒の長髪はポニーテールでまとめられており、鮮やかな青と白を基調としたセーラー服。そして肩にさげたスクールバッグ。
そんな『涼』を身にまとった詩乃が待ち合わせ場所であるカフェのまえにやってきた。
彼女が来たのに合わせてイヤホンをしまおうとすると、ケーブルを掴まれてしまう。
「潤一郎くん、耳浮気?」
「まさか。彼氏を信じていないのか?」
「潤一郎君のことは信じてるけど、誘惑してくるメスには最大限の警戒をしているの」
「詩乃と付き合ってからアイドルの歌は聴いてないよ」
「じゃあ信じる」
うーん、ちょろい。
「ところで、だいぶ時間かかったけど、なにかあった?」
「ごめん、部活長引いちゃった」
「俺もいま来たところだから気にしないでくれ」
「そう、よかった。それじゃあ行きましょうか」
詩乃が俺の腕を抱き寄せ、腕を組む形にすると、それを合図に新宿のビル街を歩き始める。
文字通り誰もが振り返る詩乃の可愛さ。
そんなやつの隣を歩いているのが、恥ずかしいようで、すこし自慢したくなるようだった。
「潤一郎くん、今日部活は?」
「俺のところは休みだったぞ。顧問が講習会だから」
「いいなー。私のところは副顧問が来ちゃうから、講習会でも休みにならないの」
「でも詩乃、部活一生懸命じゃん」
「それはそうなんだけど……」
詩乃は不満そうに顔を背けると、俺の腕をより強く抱き寄せる。
「あなたとのデート時間へるじゃない……」
「ッ‼」
不意に見せる乙女の顔。そんな詩乃にくらくらしてしまう。
制服デートという、高校三年間の特権。それを今、俺たちは『体験』している。
きっかけは先日のデートのお誘いだった。
あの夜が明けた後、学食でとなりあった俺たちはいつも通り、他愛のない会話をしてたが、切り出したのは天川だった。
「制服デート、したくない?」
「えっ、恥ずかしすぎない?」
「その恥ずかしさもまた……」
「お前のマゾヒズムに付き合う気はないからな!」
こういうところ、本当に治らないな……。もとより治す気もないんだろうけども。
「で、なんで制服デートなんだよ」
「だって、高校のとき、やったことなくて……。島崎くんもやったことないじゃない?」
「なんで言いきるの⁉ 制服デート、したことあるかもしれないじゃん!」
「じゃあ、したことあるの?」
「どこかの並行世界の俺はしたに違いない」
「ごめんなさい。ちょっと想像つかないわ」
ひどい、ひどすぎない?
「ということで、制服デートロールプレイングをしようってわけ」
「……いろいろツッコミたいが。なぜ制服に拘る?」
「私たちってお互いのことを知らなすぎると思うの」
確かにそうだ。
天川がヴァイオリンをやっていたことも、ダイエットを頑張ってることもつい最近まで知らなかった。
「だから、高校時代までさかのぼって、お互いの理解を深めようってわけ」
「そのための制服デートロールプレイングか」
理にかなっているのかもしれない。
でも、乙女チックにデートに誘ってこのアイデアが出てくるのが、なんとも天川らしくて好きだった。
「まずはファーストネームで呼び合ってみましょ、潤一郎くん」
「ほんとぐいぐいくるな……詩乃」
「ふふっ、いいわね。こういうの」
ということで、今回も見事押し切られてしまって制服デートロールプレイングが決定した。
なにより、詩乃の制服姿を見てみたいという気持ちが勝ってしまい、制服デートをすることになったのだが。
「師匠、そんなんでデート行くつもりっすか⁉」
デート当日の朝。つまり今朝。
寮を出ようとしたところを恵莉奈に引き止められてしまった。
彼女は天川から事前に話を聞いていたらしく、そのときは歯がすり減るくらい歯ぎしりをしていたという。
「俺の制服、おかしいか?」
実家から持ってきた高校時代の制服、学ランを身にまとっているが、特におかしいところはないはずだ。
「制服じゃないっす! 髪のセットっすよ、髪のセット!」
「あー、そういえばそんなのがあるらしいな」
「なんで他人事なんすか!」
と、なぜか怒り心頭の恵莉奈に引っ張られて、共有スペースの洗面所に連れていかれた。
「ほら、ワックス。使ってくださいっす! 女の子用っすけど、気にしないでくださいっす!」
「ごめん、ワックスとか使ったことないんだ」
「あー! もう、これだから陰キャは!」
ああだこうだ言いつつも、恵莉奈はワックスで俺の髪をセットし始める。軽やかな手つきがちょっと気持ちいい。
「なあ、恵莉奈。なんで俺と天川のデートなのに……」
「関係ないっすよ」
恵莉奈は優しい声で返したくれた。
「最近の師匠、天川先輩といると楽しそうっす」
「そうか?」
「そうっすよ。師匠は笑うようになったっす。あたしといるときはほとんど笑わなかったのに」
髪を弄る恵莉奈の手つきに感情がこもる。爪が立って、すこし痛い。
「でも、それでいいんす。師匠が幸せなのが一番っすから」
もちろん簡単に譲る気はないっすけど、そう微笑んだ彼女は、髪のセットを終えると満面の笑みだった。
「このあいだ天川先輩の部屋からロリボイスと師匠の声が聞こえてきたんすけど……元カノと何やってたんすか?」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁッ‼」
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