第28話 キスで風邪が移るってマジですか?

「風邪移したら、今度は俺の面倒見ろよな」


 俺は布団をめくると天川の隣に寝転んで、顔を突き合わせる形になる。シングルベッドだから身動きも取れない。


 すこし恥ずかしいが、ここで目を逸らすと意識してるみたいなのが癪で、互いに見つめ合うかっこうになってしまう。


「天川が寝ついたら帰るからな」


「じゃあ、一晩中起きてようかしら?」


 そう微笑む彼女を見ていると、夜通し話しているのも悪くないのではないかと思えてしまう。


 天川は甘え上手というか、懐に入ってくるのがうまい。心を解きほぐされる不思議な力がある。


「それにしても本当に体が冷えるわね……」


「そりゃ風邪だからな」


「布団が意味ないんじゃないかってくらい寒いの」


「冬はもっと寒いからな。隙間風ヤバいぞ」


「鳥肌が立ってしょうがないの」


「鶏大先輩に弟子入りか?」


「抱きしめてって言ってるのよ! わかるでしょ⁉」


「いや、分かるけどさ! でもそれやったら、止まれなさそうで……」


「じゃあ、止まらなくていいから……抱きしめてよ」


 窓から差し込む月明かりが、天川を照らす。


 薄暗がりの中なのに、不安に揺れる彼女の目だけははっきりと見えた。


「準くんにはできて島崎くんにはできない理由ってあるの?」


「あれは勢いっていうか……」


 準はコスプレというかロールプレイング実験をしていたみたいなものだ。あれは俺であって俺じゃない。そう言い訳が出来てしまった。


 でも今はどうだろうか。


 目の前の少女は目を潤ませて、俺の抱擁を待ち焦がれている。その期待に応えられるだろうか。


 何かの拍子で、発作が起きて吐きそうで、あの頭痛と目まいに襲われるのが怖くて。彼女に手を伸ばせなかった。


「じゃあさ、私がコスプレするから」


「……え?」


「天川詩乃じゃ嫌なんでしょ? だったら私が天川詩乃じゃなくなる。それでいいでしょ?」


「いや、でも、そんな……天川に悪いよ」


「べつに私はいいわよ。島崎くんが私を、この体を愛してくれたって事実があれば。テクスチャが違うだけ。服で着飾っているのと本質的には変わらないわ」


 そう、だろうか……。


 だが、そうかもしれないとも思う。


 でも……。


「天川詩乃が……いい」


「無理しなくたっていいの。こうやって一緒に寝てくれるだけで、舞い上がっちゃうくらいうれしいんだから」


 その言葉に嘘はないとでも言うかのような笑み。


 それを見ると何も言えなかった。


「どうする? メイドがいい? 婦警さんがいい? それともナース、巫女、スク水、シスター?」


「……それもコスプレ撮影用か?」


「ううん、あなたを誘惑するために用意しておいたの」


「もしかして……わざと風邪になったとかじゃないよな?」


 俺をホテルに誘い込むためにあれこれ策を弄した女だ、割とあり得る。それに、今の状況は天川にとって都合が良すぎる。


 コスプレをする流れに持っていって、コスプレが用意してあって。程よくいい雰囲気でもあって。


 よもや、という俺の懸念もあったが……。


「これでも私、ロマンスの神様を信じてるの」


「つまりわざと風邪をひいたわけではないと?」


「それができるならもっと早めにやってるから安心して」


 こっわ……。


「でも、あなたのことが大好きで、いっしょになりたくて用意したのは本当よ」

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