第23話 かぐや姫は泣いていいときが二度だけある
「あれ~、準。遅かったじゃん~」
「ちょっと腹の調子悪くてな」
「大丈夫? もう帰る?」
本気で心配して顔を覗き込んでくる恵莉奈を手で制する。
調子が悪いのも本当だし、吐きそうなほど気持ち悪い。
でも……。
「ほら~、天川ちゃん飲みなってば~。せっかく合コンしてんだからさ~」
「ちゃんと飲まないとインプットにならないよ~?」
「きょ、今日はこれ以上、飲まないって決めてるの」
天川がダイエットしてるって、体型維持に気を使ってるってさっき聞いていたくせに、己の欲望のためにその努力を踏みにじろうとするゲスどもから天川を守らねばならない。
「じゃあさ、飲み比べしようよ! 合コンの定番! これやらないでインプットしたなんて言えないんだよな~」
「そうそう! ほんとそれ!」
「うーん、それじゃあ……」
ついに押し負けてしまったのか、天川は渋々ワイングラスを手に取り、隣の男に視線を向ける。
「それじゃあ、やりましょうか」
三人一斉に飲み始める。さすがにこれはまずいんじゃないかと思いつつ、俺と恵莉奈、圭吾は見守っていた。
だが、俺は見守るだけじゃない。やけ酒をしていた。
簡単に折れてしまった天川への怒りか、チャラ男たちへの嫌悪か分からない。それでも俺もビールを煽り続け、どんどん酔いが回っていく。
「ふーん、このワイン、水みたいね」
いつまで経っても天川のペースは落ちない。次々にピッチャーからワインを注いでは飲んでいく。
そんなに飲んで大丈夫だろうかという不安が募るが、ビールを飲む男たちのペースはどんどんダウンしていく。
「天川ちゃん、酒つよいんだね」
「まあ、少しくらいはね」
「へ、へー。じゃあ、俺たちも頑張っちゃおうかな、うぷっ……」
「もうギブアップ? 情けない男には興味ないかも」
そう天川が分かりやすく冷めた態度を取ると、男たちは必至になってビールを飲み始める。
「ま、まだまだだって! こんな薄いのなら十杯はいけちゃうから!」
「お、俺はもっといけるし!」
ふたりは一気飲みを繰り返すが、すぐにペースが落ちていき、顔色が悪くなる。
それでも飲もうとする根性だけは認めたいが、嘔吐寸前で口を手で押さえることも増えてきた。
そして……
「ギ、ギブっ!」
「お、俺も……」
ビールを飲んでいた二人組がテーブルに突っ伏してギブアップした。
「あら、案外早かったのね」
「い、いやー、天川ちゃん酒に強いんだなぁ~」
「ほんと、驚いちゃったぜ……うぇっ」
勢いよく飲んだせいか、顔が真っ赤を通り越して変な色になっている。それでもあきらめないのか、天川に絡み続ける。
「そういえば、天川ちゃんはこの中だと誰が好き? 俺とか?」
「それともオレ⁉」
「うーん」
男たちのハイテンションとは対照的にすました思案顔をした天川はまっすぐ正面を指さした。
つまり、俺だ。
「私、準くんみたいな人このみかも」
その発言に場が凍った。
えっ、明らかに恵莉子とデキてるじゃん、というチャラ男たちの戸惑い。
天川と恵莉奈がまた怪獣大戦争を始めるのではと怯える俺と圭吾。
そして張り付いた笑みを浮かべる恵莉奈。
だが、今日はテンションあげあげのマジギャル恵莉子だ。なんとか平静を保って、天川に視線を向ける。
「い、意外だなぁ。詩乃ちゃんはこんな陰キャメガネオタク陰キャが好きなの?」
陰キャは二度言わんでよろしい。
「うーん、たしかに冴えないし、ファッションセンスはクソだし、陰キャだし、ぼそぼそ喋ってなに言ってるかあまり分からないことも多いし」
すっげぇボロクソ言いやがるな……。
「でも、すごくフィーリングが合うっていうのかしら。一目見た時からこの人がいいなって思ったの」
「へ、へー」
完全に冷静さを欠こうとしていた恵莉奈はテーブルの下で、俺の手をぎゅっと握ってきた。どうしたらいいか分からず、曖昧な雰囲気のまま手を握り返してしまう。
その後、チャラ男たちの酔いが回ったこともあり、とりあえずお開きの形になり、席を立とうとした時だった。
「そう言えば天川ちゃんの家ってどこ?」
「そうそう。よかったら二次会やらね? お酒も強いみたいだしさ、いいじゃん」
「な、いいだろ?」
「え、えっと……」
今までより高圧的で首を振らせない語勢の二人組が相手で天川は断れないでいた。
おろおろする彼女だったが、圭吾と恵莉奈はさきに会計に向かってしまった。
男の一人が天川の手を掴もうとした時だった。
「かぐや姫は作者も制作された年代も不明らしい」
「「は?」」
俺の言葉にチャラ男たちが鋭い視線を向けてくる。
当然だ。あと少しのところで天川を持ち帰れたのだから。
だが、ちょうど俺の酔いもいい感じだ、悪くない。
「美しいかぐや姫に男たちは必至にアピールするがまったく靡かなかった。年頃の女の子が見ず知らずの男に言い寄られたら怖いはずなのに、彼女は涙ひとつ流さなかった」
「お前、何の話してんだ?」
いいところで邪魔をされたせいか、チャラ男がイラつき始める。
だが、それをお構いなしに俺は話を続ける。
「かぐや姫が泣くのは月を見るときと帰るときだけだって決まってるんだ」
俺は個室の天井照明を背に、天川に手を伸ばした。
「かぐや姫、お迎えに上がりました」
「お待ちしておりました」
天川は涙も流さずに俺の手を取った。
現実は物語みたいにいかないが、それもいいのかもしれない
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