第18話 耳浮気って厳しくないですか?

 そんな俺の不安など知らず、圭吾はウキウキで抽選ボックスをテーブルの上に置く。


「念のためルールを説明するが……」


 ルールはオーソドックスな王様ゲームだ。


 箱の中に一から三の番号と『王』が書かれた合計四枚のくじが折りたたまれて入っている。


 『王』を引いた人は一から三の人に命令できる、というものだ。


「さっそくやるぞ~」


 各々が箱に手を突っ込んで、くじを引き終わる。


「「「「王様だーれだ!」」」」


 全員で一斉にくじを開く。そして王様は……。


「私ね」


「すまんが課題の提出を思い出した!」


「逃がさないわよっ!」


 逃げようとしたところを天川に先回りされてしまう。


「くそっ! 読まれていたか!」


「それじゃあ、大人しく……島崎くんは私とキスをすること」


「ま、待て! それは無効だ! 指名は番号じゃないといけないんだ!」


 とはいえ、確率は三分の一だ‼


 天川が全員のくじをじっと見つめる。


 まるで透視でもできるんじゃないかと思うくらいの眼力に思わずビビってしまう。


「なら二番が私とキス、で」


 俺は一番だ。つまりはセーフ。だが、二番は……。


「あたしっすね~」


「ちっ」


「理由は分かってても、舌打ちされるのは癪っすね……」


 だが、命令の取り下げは基本的に許されていない。


「じゃあ、神原さん、ほっぺでいいから」


「あたしからするっすか⁉」


「王様が動くわけないでしょ?」


「ううう……」


 恵莉奈は泣く泣く天川にキス。うーむ、美少女同士のキス、いいものだ。


 そしてテンポよく二回戦の開始となる。


「「「「王様だーれだ!」」」」


 つぎの王様は……。


 みんなが緊張する中、手を挙げたのは。


「よし! あたしっす!」


 恵莉奈のことだ、あまり踏み込んだ命令を出すとは考えにくい。だが、俺とよりを戻す絶好のチャンス。命令に組み込まれてもおかしくない。


「じゃあ、一番から三番はこのバーベキュー中、あたしの召使いっす!」


「え、恵莉奈さん、ところでそれはいかような命令をされるので?」


「心配しなくても大丈夫っすよ」


 恐る恐る聞いた俺に、恵莉奈は明るく笑って答える。


「お酒ついでもらったり、お肉とってきてもらうだけっすから」


「ほ、ほんと?」


 大丈夫だろうか。


 恵莉奈はけっこう腹黒というか、やることはやるタイプでもある。


 そんな不安もあったが、ここでは命令は出ず。


「王様だーれだ!」


 三回戦。


 全員でくじを引いて様子をうかがいあう。


「よし!」


 くじを開くと、そこには『王』の文字があった。


 とはいえ、やってほしいことか……。


「一から三番はつぎのくじを引くまで、語尾に『にゃん』をつけること!」


「ひどいっすにゃん!」


「そうだぜにゃん!」


「そうにゃん!」


 三人は不平不満を垂れながらもにゃーにゃー鳴く。


「いや、でも待てにゃん。これはこれで楽しいかもしれないにゃん」


「そうにゃんね……。普段なら恥ずかしくてできないことを命令の大義名分のもとやることができる」


「さすが師匠っすにゃん! テンション上げていくにゃんよ!」


 圭吾のにゃんはキモいので即行撤回したいレベルだが、天川と恵莉奈はものすごくかわいい。


 とくに天川。


 彼女はどうやったら自分が可愛く見えるか熟知している節があり、ただにゃーにゃーいうだけでなく、さりげない仕草にも威力が出る。


「ほれ、天川、猫じゃらしだぞ~」


 そこらへんに生えている適当なねこじゃらしを取って、天川の前で揺らしてみる。


「にゃっ! にゃっ!」


 猫パンチで叩いては追いかけ回す天川を見ているととても癒される。


 そう和んでいる時だった。


「にゃ~ん!」


「うおっ⁉」


 猫じゃらしと戯れていた天川だったが、唐突に俺に覆いかぶさってきた。突然のことで押し倒されてしまい、組み敷かれる形になる。


「にゃ~ん」


「あ、天川やめろって!」


「猫に言葉は通じないわよ?」


「猫になれなんて言ってない!」


「ちなみにいま発情期」


「人のはなしを聞けぇぇぇぇ!」


 だが、それを見ていた恵莉奈が天川の両脇を掴んで俺から離す。


「天川先輩、このままじゃゲームが進まないから、そろそろ終わりにするにゃんよ~」


「……神原さんもどさくさに紛れて島崎くんを襲えばよかったのに」


「天川、誰もがお前みたいにド変態じゃないんだ……」


 ということで四回戦。


「「「「王様だーれにゃん!」」」」


 俺も勢いで猫になってみたがいいかもしれない……。


「よっし! 今度は俺だぜ!」


 猫化もとけて、次に『王』を引いたのは圭吾だ。


 この中で一番無害そうだが、悪友の俺に対しては割ときついことを要求してくる可能性がある。


「じゃあ、一から三番はアイドル風の自己紹介!」


 アイドルか。あまり見ないけど、どういうものだろうか。


 男の俺は当然、男性アイドル風の自己紹介になる。だが、俺は男性アイドルをほとんど知らない。知っているのは無人島開拓をしているグループくらいだ。


「なんだ島崎、こまってるのか?」


三人でうんうんと悩んでいると、圭吾が助け舟を出してくれる。


「女性アイドルなら見るんだけど、男性アイドルはちょっとなー」


 その言葉を発した時だった。恵莉奈がぐいっと顔を近づけてくる。圧がすごい。


「師匠、マジっすか?」


「え、何が?」


「女性アイドルの話よ」


 なぜか天川まで圧をかけてくる。


「いや~、まさかとは思うっすけど、あたしと付き合ってた時に女性アイドルを追っかけてたとかないっすよね~」


「お、追っかけとかはないよ。流行の歌をちょっと聞いてみるとかしてただけだって」


「ふ~ん、じゃあ私と一緒にいた去年もそうだったんだ?」


「そ、そうだけど?」


「それはアウトっすね~」


「それって耳浮気よね?」


 めっちゃ笑顔なのに、顔が笑ってない。


 このふたり、怒るとホントに怖い……。


「ていうか、あのとき俺と天川は付き合ってないだろ!」


「数時間だけ付き合ってたじゃない! あの数時間は耳浮気が成立よ!」


 そもそも耳浮気って何だよ。そうツッコもうとした時だった。


「っていうか島崎くん?」


「へ、へい」


「耳舐めASMRとか聴いてないわよね?」


「まっさか~」


「この間のカラオケで耳を舐めた時、やけに慣れてる感じがあったのだけど?」


「あ、あれはちゃんと歌いきろうと集中していたのであって」


「師匠、DLサイトの購入履歴を見せろっす」


「もたもたしてないで早くスマホ出しなさい」


「あっ、はい」


 おいおい、死んだわ俺。

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