第19話 アイドルは偶像

「ほらほら、お喋りしてないで王様の言うこと聞けよなー」


 さすがに死ぬかと思ったが、圭吾が助け船を出してくれた。


 ありがとう友よ!


 やはり持つべきは


「ってことで三人とも女性アイドルのマネな」


「地獄に堕ちろやぁぁァァァ!」


「なんだよー。女性アイドルなら知ってるっていうから気を使ってやったのに」


 こいつ……!


 助け船は泥船どころか針山地獄だったパターンか。


 だが、王様ゲームの趣旨的にはやらねばならない。


「そ、それじゃあ、一番! 島崎潤一郎いきます!」


 死ぬなら早い方がいい。生殺しは勘弁だ。


 俺は目をつぶって、静かに息を吸い込む。


 川のせせらぎ、八王子の綺麗な空気。


 澄んだ虫の鳴き声は、この清涼空間を醸成するのに一役買ってくれる。


「ALBフォーリンラブの島崎順子、十七歳で~す! あなたのハートをぶち抜いちゃうぞ♡」


「「「…………」」」


「せめて笑えよ‼」


「すまん、嘔吐を我慢するので必死だった」


「うーん、どこか古い感じがするのが微妙っすね~」


「この感じだというほど耳浮気してないのかも」


 よく分からんが減刑したらしい。


 死刑から懲役八百一三年くらいにはなっただろうか。


「それじゃあ、つぎは二番のあたしっすね~」


 一瞬だけ目をつぶった恵莉奈は、目を開くとその瞳を輝かせ、小走りで俺の前にやってくると前かがみになって上目遣いをしてくる。


「今日はふかふかの手袋をしてやってきました~! 最近寒くて人肌が恋しい神原恵莉奈十六歳ですっ。今日はみんなで声出してあったまろうね♡」


「「「…………」」」


「なんか言えっすよ⁉」


「思ったより似合ってるんだが……」


「神原って普段は『っす』とかいうじゃん?」


「それがないとすごくウソっぽいっていうか、なんて言うのかしらね」


「せっかく役作りしたのに~!」


 泣いてしまう恵莉奈だったが、正直めちゃくちゃかわいかった。


 顔もスタイルもいいし、最初に俺のところに駆けてきたときなんかはドキッとした。アイドル衣装を着ているかと錯覚したほどである。


 そう面と向かって言うのはさすがに恥ずかしいが、録音でもしておけばよかった。


 そんな後悔をするくらいには満足度が高かったのだ。


「あ、天川先輩! ラスト、しっかり決めてくださいっすよ!

 恵莉奈はヤケクソ気味に天川にパスを回すが、当の本人はいたって冷静だった。


「任せなさい。これもコスプレみたいなものだから余裕よ」


 俺たちのようにイメトレすることもなく、天川はいっしゅんで顔、目、声を変えてしまう。


「今日、ここに来る途中、スイートピーの花を見たの」


 俺たちがやってきた、がちがちの萌え系アイドルではない。


 自然体のクール系とでも言おうか。


 そんなオーラすら纏った天川を中心に、この河原は一瞬でライブ会場と化した。


「スイートピーの花言葉は『門出』。きょうが私の新たな門出になるように頑張るから、みんな応援よろしく」


 最後まで感情を出しすぎることはなかった。


 だが、その一言一言に魂が籠っているような重みを感じられる。


 そんな彼女を見ていると、本当に天川詩乃であるのか一瞬だけ迷ってしまうほどだった。


 実際に変わったのは声くらいなのだろう。ふだんより凛々しい感じが出ているだけだ。でも、彼女の演技力の高さが、別人であるかのように錯覚させる。


 そして天川は思いきりの笑顔で言った。


「天川詩乃、十六歳。あらため、今日で十七歳。バースデーライブ、歌います」


 エアマイクを握ると天川はそっと目をつぶる。


 一瞬で周囲が暗くなり、彼女にだけスポットライトが当たったような錯覚を覚える。


 八王子の自然も、俺たちの息遣いも鼓動も、何も聞こえない。


 みんな天川に注目している。


「って! そこまでしなくていいんすからね!」


「そう言えばそうだったわね」


 なんとか現実に戻って来た恵莉奈が天川を止めてくれて、俺と圭吾も戻ってくる。


「あ、天川すごいんだな。この間のポンコツメイドとは大違いだ」


「ポンコツって何よ! あれでも一生懸命やったんだから!」


 あっ、いつもの天川だ……。


「さて、そろそろお開きにするかー。肉もまだ余ってるしな。焼こうぜ焼こうぜ~」


 圭吾の号令で、くじを片付けているときだった。


「そういえば、天川先輩。ちょっとあっち、いいっすか?」


 恵莉奈は少し離れた位置を指さす。


「王様命令っす。ちょーっとツラかしてもらうっすよ~」

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