第9話 打算なきキス
「まさか神原さんに見つかるなんてね」
あのあと、恵莉奈と天川が一触即発になりかたけたが午後の講義を理由になんとか抜け出すことに成功。
そして講義室の最後列に天川と並んで座り、法学の講義を受けていた。
『であるからして、強制わいせつの判例としては』
薄暗い講義室の中、スクリーンに映し出された映像を鑑賞中。講義後にレポートにまとめて提出するというものだ。
「強制わいせつですって」
こそこそと天川が話しかけてくる。
「そんな怖いことする方がいるんですね」
「ほんとになー」
『強制わいせつのほか、各自治体の定める迷惑防止条例に抵触する恐れがあり』
「ご主人様も気を付けてくださいね。東京の条例とか」
「ソウデスネー」
『またお酒を飲ませてホテルに連れ込むといった大学生も見受けられますが、それは強制わいせつにあたり』
「聞きましたか? 私怖いです……」
「俺はお前がこぇよ! どうして他人事でいられるわけ⁉」
「いえ、自分がホテルに連れ込まれたらどうしようかと心配しているので、他人事ではないのですが……」
「もしかして都合の悪いことは忘れる頭の作り?」
「そんなファンタジー脳してるわけないじゃないですか」
「どの口が言うんだよ……」
「あなたのを咥えた口?」
「…………」
あの夜、天川で童貞を捨てたことを心底後悔している。もしかしなくても、一生このネタで頭が上がらない可能性がある。
しかし、そんな憂鬱な気分を吹き飛ばす事案が発生した。
「あんっ、ご主人様の硬くてたくましいです……」
すりすりと俺の太ももを撫でまわす天川。
ゆっくりと焦らすように動かすその動きに背筋が伸びてしまう。
「な、なにやってんだよっ」
薄暗い講義室でスクリーンだけが煌々と光る。各々が真面目に映像を見るなり、怠惰に寝るなりしている中、天川は俺の肩に顔を預けてくる。
「ご主人様ぁ」
「な、なんだよ」
らしくない猫なで声に思わず警戒するものの、素直に可愛いと思ってしまう。
あざとさって罪だ……。
「誰も見てませんよ?」
そう耳元で囁かれて気付く。
周囲の席には誰もいないし、教授もなにやら本を読んでおり俺たちのことは気にかけていない。
「だから、しちゃいません?」
「な、なにをだ?」
「クリスマスのつづき」
薄暗い中でも分かるほど、頬を朱色に染める天川。
そんな彼女を見ていると、あの夜のことを思い出す。情熱的に愛を囁き合った夜のことを。
「ふふっ、抵抗しないんですね」
妖しく微笑んだ天川は、体を倒してきて俺の太ももに突っ伏す。
彼女の温かで湿度の高い吐息が、俺の敏感な部分に触れる。
「あんっ、ぴくって反応しましたよ。ご主人様もやる気まんまんなんですね」
「こ、こんなの、誰だってそうなるだろっ」
講義中にいやらしいことをしている気分になって、その背徳感が俺の興奮を煽る。
だが、それは天川も同じなのか、すこし息が荒い。
「すみません、少々お薬を」
天川はメイド服のポケットから錠剤を取り出すと、そのまま飲み込んだ。
「なんの薬なんだ?」
「生理の薬です」
「いま飲むものなのか?」
「ご主人様の匂いを嗅いでいたらうずいてしまって。このまま押し倒されたらどうしようかと」
「そんなことしないから!」
「だったらぁ……」
天川は誘うように、俺の太ももを優しく撫でる。
「その気になってもらうようにしないとですね」
こうなった天川は止まらない。
いや、俺が欲望に流されているのかもしれない。
執筆で失った刺激を求めるように、強くなった性欲。その渇きを潤してくれる情欲にはめっぽう弱い。
本来なら創作で昇華できていたはずの性欲のはけ口がないのだ。
そんなことを知るはずもない天川はどんどんと俺を刺激していく。
「あんっ、すごいです。ご主人様の汗の匂い……さっきのバスケのときのですね」
「そ、そんなもの嗅ぐなよ恥ずかしい……」
「だってぇ、こんな濃厚な匂い嗅いでしまったら、癖になってしまいます」
目がとろんとした天川は自らの手をスカートの中に入れる。
「あんっ、ふぅ、んんっ」
「な、なにしてんの⁉」
「ちょっと我慢が出来なくて……」
「いやいやいやいや! ここ講堂、大学! いま講義中! OK⁉」
熱に浮かされたような顔でこくりと頷く天川だが、その手が止まることはなかった。
「ご主人様ぁ、まだお預けですかぁ?」
興奮が高まって来たのか、天川のスカートの中から水音が響く。まだ小さい音だから、俺たち以外には聞こえていないが、このまま天川が高まっていけばまずい。
「見つかってしまったらどうしましょう。退学でしょうか?」
「ならやめろよ⁉」
「でも、ダメだって思うほど止まらなくてぇ……」
次第に大きくなる水音。
ついに他の学生もおかしいと思い始めたのか、きょろきょろと周囲を見渡す者が数名。
「ど、どうしたらやめてくれる?」
「キスしたいですご主人様ぁ」
「その手はくわんからな!」
「ええ? どういうことですか?」
物欲しそうな視線を向けてくる天川の目には打算などなかった。
そんな彼女を見ていると、キスをしてしまってもいいかもしれないと思えてくる。
それほどに俺も高まっていた。
その時だった。
「あ、天川っ。教授が!」
先ほどまで退屈そうに本を読んでいた教授が見回りを始めた。そしてその足は、こちらに向かって来ている。
だが、それに気づいていないのか、天川はとろんとした目で俺を見つめるだけだった。
「天川?」
「ご主人様は放置プレイが好きなんですかぁ?」
「言ってる場合か!」
「ああんっ、お預けなんですね」
俺の声が聞こえていないのか、すりすりと太ももを撫でたり、媚びるような声で甘えてくる。
そんなことをしている間に、教授はすぐそこまで来ていた。
「うん? 島崎君の隣に誰か座ってなかったかね?」
「いやー、さっき手洗いに行ったみたいで」
天川を長い机の下に押し込んで、事なきを得る。
この薄暗さ、机の形状、俺と教授の位置関係。そのすべてに助けられて、なんとかなった。
だが、その安堵も束の間だった。
「ひぃっ!」
「ん? 島崎君、どうかしたかね?」
「い、いやー、冷房が首筋に当たりまして。あはは……」
天川が俺の太ももに指を這わせてきて、思わず背筋が伸びてしまったのだ。
それもただくすぐったいだけではなかった。なにか文字を書いている。
『このまま咥えてもいいですか』
ダメに決まってるだろ!
そう抗議の意思を示すために、モールス信号の要領で足で床をタップする。
『そんなこと言わず。とっても刺激的で、すてきな体験になりますよ?』
『アホか! それこそ退学決定だわ!』
「島崎君、なにやら顔色が悪いようだが?」
「い、いえ、冷房が効きすぎてるんすかねー」
「そうか。それなら上げてくるか」
教授は冷房を操作するために教室の入口の方を行く。
難を潜り抜け、ほっと一息つく。
「ふふっ、とっても刺激的なインプットになりましたね」
「お前なぁ……どこまで本気だったんだよ」
「私はいつだって本気よ? あなたにも漫画にも」
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