第4話 復縁の条件
「私の漫画原作やってほしいのだけど、頼める?」
「んー、耳が悪くなったかなー? よく聞こえないな」
「島崎くんに漫画原作やってほしいって言ってるの」
「んー、耳が悪くなったかなー? よく聞こえないな」
「……私で童貞捨てたくせに」
「それは今関係ないだろ!」
「ちゃんと聞こえてるじゃない」
「陰キャは童貞って言葉に敏感なんだよ」
「でもよかったじゃない。非童貞は年収が高い傾向があるらしいわよ?」
それは素直に嬉しいのだが、現状は貧乏学生。しょせんは傾向である。
しかし、なんでまたいきなり漫画原作なんかを……。
そんな疑問を抱いたのは恵莉奈も同様だった。
「えっと、天川先輩」
恵莉奈と天川は俺を介して顔くらいは知ってる。
「なんでいきなり師匠に原作を頼むんすか?」
「小説家である谷崎藤村の腕を見込んでのことよ」
「お前、俺がもう辞めたの知ってるだろ……」
だからこそ、クリスマスの件で俺たちは互いに距離を取ることになった。そしてほぼ赤の他人として半年間すごしてきた。
「一度辞めたからって再起できない理由にはならないでしょ?」
「まあ、そうだな。また書くかもしれないな」
「じゃあ」
「でもお前の原作は死んでも書かんけどな!」
「なんでよ! いいじゃない! どうしてもあなたの力が必要なの!」
「せめて理由を言え、理由を!」
「十分な説明もなしにワンナイトでやり捨てた男にだけは言われたくないわね」
「ぐぬぬぬ」
それを言われるとこちらとしても弱い。でも理由は言いたくない。考えるだけで吐き気がしてしまう。
「じゃあせめて条件を出せ。対価とか」
「印税五%!」
「嫌だね!」
「じゃあ、六%!」
「嫌だね!」
「おっぱい揉ませてあげるから!」
「………………嫌だね!」
「師匠なんすか今の間は⁉」
だってね、そりゃ悩みもしますよ。天川の、めっちゃ大きいし……。
それに作家としてのこいつが気に入らないだけであって、天川のことはいまでも嫌いにはなれない。
「師匠! あたしのおっぱい揉ませてあげるんで、そんなやつの誘惑に乗らないでくださいっす! あたしGカップあるんすから!」
「ふっ」
「天川先輩、なんすかその笑いは!」
「Gカップなんて私の高二のときの胸じゃない」
「じゃ、じゃあ、今はどれくらいあるんすか!」
「愛がたっぷりIカップよ」
「きぃぃぃぃ! 師匠と破局したくせになにが愛がたっぷりっすか!」
余裕で受け流す天川、それに食い下がる恵莉奈という構図、初めて見たな。
ていうか俺、かやの外じゃない?
勝手に女の戦い始めてるんだけど……。
「師匠、天川先輩気に入らないっす! 寮から追い出すっす!」
旧元カノとして新元カノである天川に思うところがあるのか、恵莉奈はさらにかみつく。
「こうなりゃ勝負っすよ!」
「勝負?」
「あたしが師匠を小説の担当編集に引き込んだら天川先輩には寮を出て行ってもらうっす!」
うーん?
「じゃあ、私が島崎くんを原作担当に引き込んだら?」
「裸踊りで八王子一周してやるっすよ!」
「へえ、面白いわね」
「いや、普通にアウトだろ」
っていうか……。
「いいわ。受けて立とうじゃないの」
「そのセリフ、忘れたとは言わせないっすからね!」
なんか勝手に俺、景品にされてない?
「でも、このままだと島崎くんに何の得もないのはよくないわよね?」
「それもそうっす!」
息まく恵莉奈に対して天川は「そういえば」と何かを思い出したように意地の悪い笑みを浮かべる。
「神原さんの新作小説のヒロインと主人公がキスで復縁するシーンあるじゃない?
あれ、すごくいいなって」
「そ、そりゃどうもっす」
「だからそれになぞらえて、さきに島崎くんとキスをした方が自分の担当になってもらえる。で、復縁もできるっていうのはどうかしら?」
「き、きすぅ⁉」
恵莉奈は一瞬で顔を真っ赤にしてしまう。
見た目は完全にギャルの彼女だが、こう見えてかなり初心である。
というか、あっさり復縁が盛り込まれてなかった?
「あらあら、島崎くんと付き合ってるときにキスもしてないのかしら?」
「キキキキキキキキキキキキ‼」
なんだその壊れた機械みたいな声……。
「で、でもさっきの話だと、天川先輩は師匠にワンナイトでやり捨てられたっす!」
俺へのダメージデカいからやめてくれない? 事実だけど。
「その程度の女にあれこれ言われたくねぇっすよ!」
「くっ、痛いところ突くじゃないっ」
「そもそもあたしは師匠と幼馴染でずっと一緒にいたんすよ! ぽっと出の女が勝てるとは思わないことっす!」
「それで手を出してもらえないのって、完全に脈なしじゃないかしら?」
「う、うるせぇっす! 幼馴染が負けるのは二次元だけだって見せてやるっす!」
なんかすげーオーバーヒートしてるし……。
「っていうか、なんでキスされて俺が得になるんだよ」
「だって神原さんって可愛いじゃない? それに私は美人。そんなふたりがあなたの唇を巡って争う、これ以上ないご褒美だと思うんだけど?」
「溢れ出る自己肯定感が羨ましいわ……」
っていうかその自信、どこから来るの?
天川も恵莉奈も、俺から振って辛い思いをさせた。その負い目があるからこそ、どっちの味方をすることも出来ず。
結局、俺の意思は無視されたまま、天川と恵莉奈の不毛な闘いが幕を開けたのだった。
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