第3話 旧元カノ VS 新元カノ
「うぅぅぅ……二日酔いが……」
一部屋あたり六畳一間の木造建築、オンボロの『ヤマユリ寮』。ここが俺の住処だ。
八王子の山の中にあり、大自然に囲まれたありがたいクソ立地は窓から柔らかな朝の陽射しと虫の鳴き声を提供してくれる。
六月ともなると徐々に暑さも増してきて、そのせいで起こされることも増えてきた。
「しじみ汁、しじみ汁っと……。やっぱ二日酔いにはこれだな」
布団から出て、狭い部屋にぴったりのミニ冷蔵庫から鍋を取り出すと、食器棚の上に設置したIHコンロで熱する。
しばらくして温まったしじみ汁をすすって時間を確認すると、まだ九時前だった。
「二限は十一時からだし余裕だな」
一限をサボったのに目をつぶれば完璧なスケジューリングだ。
しばらくして身支度を整えると、少し早めだが寮を出ることにする。
オンボロ階段をギシギシと軋ませながら二階から降りて、一階の玄関で靴に履き替えている時だった。
「おはよーございますっす!」
玄関に差し込む朝陽で輝く金髪のポニーテールをぴょこぴょこと跳ねさせながら、自室から元気に出てきた恵莉奈が俺の隣で靴に履き替え始める。
この寮は一階に女子、二階に男子ですみ分けられており、今日日なかなか見ない設計になっているのだ。
「師匠、今日二限でしたっけ? 早くないっすか?」
「遅れないようにと思ってな」
「おおー、真面目な大学生っす!」
「真面目な大学生は一限ふけたりしないんだけどな……」
そんなやり取りをしていると、また一人俺の横に並んでくる。
「あら、おはよう」
「おー、おはようさん」
回らない頭でそう返すと、お相手も会話を続ける。
「今日の二限は課題あるけどやってある?」
「これから大学でやるよ」
「間に合うの?」
「そりゃ運次第……って!」
寮から出ようかという時、顔を見合わせて相手が誰であるかやっと気づいた。
「天川! なぜここに!」
「なんでって昨日引っ越してきたからよ」
色々と思うところがある相手、天川詩乃がそこにいた。
今日も綺麗な黒髪、フェニミンな装いは実にあざとい。
「お前の実家、港区のタワマンだろうが。こんな水道光熱費諸々込みで三四〇〇円のオンボロ寮にいたら風邪ひくぞ?」
「師匠~。悲しくなるんで言わないでくださいっすよ~」
恵莉奈が冗談めかして泣きまねをする。自分で言ってて俺も悲しくなってきた。
「……なんでこんなところに来たんだよ」
「なんでって、インプットのためよ。漫画描くのに経験はあった方がいいでしょ?」
「かーーー! これだから最近の若いのは!」
「同級生なのだけど……」
「こっちは遊びで貧乏生活やってるんじゃねぇんだよ! 酒と麻雀で軽くなった財布を必死にカバーするために慎ましく暮らしてるんじゃい!」
「この半年でまた一段と堕ちたわね……」
クリスマスの一件以来、大学でも距離を取っており、まともに話すのは半年ぶり。久々にこいつの顔を拝んだが、顔だけはいい。
性格はうん、アレだが……。
「悪いことは言わねぇ、出て行った方がいい。ここはお化けが出るしな」
「マジっすか⁉ めっちゃ怖いんすけど……」
恵莉奈が怯えてガタガタと震え始める。真に受けるなよ……。
「悪鬼羅刹が出ようとも、それもまた大事なインプットよ?」
「お前はインプットで死ぬつもりか……」
どうやら古典的な脅しは効かないらしい。まあ、大学生にもなってマジになってる恵莉奈が特殊なだけだな。
「というか、なに? 私に出て行ってほしいの?」
「い、いや、そういうわけじゃ……」
一方的に振ったあげく、寮から出て行けとは言いづらい。もちろん、一緒にいれば俺に精神的リスクはあるのだが……
そんな心情の俺をよそに天川は「べつにいいけど」と、不満げに呟いて言葉を続ける。
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