第7話

 紐を抜き、キズがないか目を走らせて戻す。12番目の生徒——棚町風太の靴のキズの有無は今のところ不明ではあるが、11番目の生徒までは、確かにキズがつけられていることが確認できた。


 最後に手にかけた靴を丁寧に戻しながら、姥沢うばさわが首を傾げる。


「でも、どうしてこんなことがわかったの?」

「こんなことって?」

だって」


 そのことについては、正直いえば、まぁ。


姥沢うばさわさんが昼休みに言っていたことが助けになったかな。

 

 僕もその線が妥当だと思うよ。三週間に渡って、三組の備品と私物にキズがつけられているのだから。犯人は少しも周囲からの視線を意識しなかった、ってことはほとんどありえないと思う。

 キズがつけられるのは、三組の備品と生徒の私物。その条件のなかで、監視の目を少しでも避けられる、かつ犯行が行いやすい場所を考えてみたら、」

「ここ。つまりは、玄関の靴箱になるわけだ」


 僕は頷く。


「玄関の靴箱にはという生徒全員が共通して持つ私物があり、かつ教室から離れている。絶好のターゲットといえるだろう。

 あとは、今週の月曜日から一切の被害が報告されていない現状についてなんだけど、僕は犯人が手を止めたとは思えなかった。

 。三週間も刃物痕をつけることに執着していて、ある日ぱっと手を止めるなんて自然じゃない。

 というもの、僕はこの犯行に、犯人の、明らかな執着のようなものを感じる」


 僕がそこまで言うと、姥沢うばさわから言葉が継がれる。


「私物には、一ヶ所キズをつけるだけでそれ以上手の込んだ細工は一切しない。

 私物の、同じ場所にしかキズをつけない。

 私物は、一人ずつ名簿順に、キズをつけていく。

 これだけの独自ルールに則って犯行を行うだけの、執着心って一体……」


 姥沢うばさわが小さく首を傾げる。


 彼女が今挙げた「犯行をするうえでのルール」は、これまでの私物への被害状況を帰納的に追っていけば納得できることだ。


 通学鞄の、取っ手のキズ。

 ジャージの、品質表示タグのキズ。

 ハチマキの、端っこのキズ。

 そして、上履きの、赤い紐のキズ。


 それらは、一人ずつ名簿番号順に、それぞれ同じ場所に、一ヶ所ずつにしかキズをつけられていた。


 そして、現在——放課後に至るまでに、三組内で「上履きの紐に被害があった」という情報は出回ってはいない。

 犯人は三組内で被害報告がされるまで、同じ私物に手をかける。それはつまり、犯人がまたこの場に、靴の紐を切るために姿を現すという手がかりにもなるわけで。


 そこまで説明すると、姥沢うばさわの顔に自然と笑みが浮かんだ。


「すごいね、沢渡さわたりくん。つまり、私たちがここ——生徒玄関で待ち伏せしていたら、犯人に会えるってことだ」

「そういうことになる。

 上履きをキズつけられる絶好の機会といえば、人目が避けられる放課後か早朝。三組内で上履きの被害報告が敷衍されるよりも早く、ここで待ち伏せして犯人を捕らえないと、犯人に再び姿をくらます機会を与えることになる」


 僕も姥沢うばさわも結論に辿り着けば、あとはもう推理の余韻に浸っていた。


 散らかした玩具は、片付けるまでが遊戯だ。

 僕たちは犯人を待ち伏せするという決断に至った。最悪を想定して、僕は三組教室で、姥沢うばさわは生徒玄関で犯人を待ち伏せることにした。


 待ち伏せする前に二人でしたのが、そんな話。


「でも、沢渡さわたりくん。沢渡さわたりくんの今の推理は、キズつけられたのみから得た情報が根拠になってるよね」

「うん。クラスのについては、推理をするうえでまったく触れてないね。というか、僕はその情報を事前に、だと断定していたまであるね」

「どうして? 昨日の放課後、二人であんなに手を動かして得た情報を、どうしてそんな簡単に切り捨てることができるの?」

「切り捨てる……。そうだね、犯人を捕らえることを第一目標として設定したとき、最短ルートがから得た手がかりで推理することだったから」

「最短?」

には帰納的に追っていけば犯人へ辿り着く手がかりが散らばっていたけど、は手がかりとしての質が良くなかった。バケツやカーテンのキズの写真を何度も眺めたけど、そこから何かを見出すことは難しかったんだ。だから省いた。犯人を捕らえることを第一に考えれば、この考え方は妥当だと思えるけど」

「……そっか。最短。近道をすれば、ね」







‐4


 曜日、早朝。金曜日の放課後も含めれば、待ち伏せ日目である。


 僕と姥沢うばさわは用務員によって校門が開けられるのを待ってから、校舎へと足を進めていく。待ち伏せ場所は変わらず、僕が三組教室内部を覗ける場所で廊下で待機し、姥沢うばさわが生徒玄関の三組下足箱を監視できる近場で待機。


 一番早くに登校したのは、僕たちで間違いなかった。校門は完全に閉まっていたし、朝練に励むスパルタな運動部など金武かなぶ高校には存在しなかった。


 先週の金曜日、姥沢うばさわに推理を披露したあとに確認したことだけど、12番目の生徒——棚町風太の靴紐は、。土曜日曜と二人でわざわざ出向いて、生徒玄関と三組教室の二ヶ所で待ち伏せしていたが、金曜日の放課後を含めたその三日間で犯人と思しき人物は現れなかった。


 また、今朝時点で13番目の生徒——知念結月の靴紐にも異常はなかった。

 それはつまり、金曜日の時点で犯人は12番目の生徒の私物まで手をかけていたことを示す。次なる標的は13番目の生徒の私物。だけど今朝時点でキズがつけられていないわけだから、おそらくこれから犯行が行われるのだろうと予測できる。

 犯人が生徒か教師か今のところ定かではないけど、犯行の法則性を考慮したうえで待ち伏せしていたので、答え合わせはその時がくるまでお預けだろう。……もっとも、こんな幼稚な犯行をするのは生徒以外考えられないわけではあるけど。


 それぞれ各々の持ち場で待ち伏せしながら、僕と姥沢うばさわはスマホを片手にメッセージで通じ合う。


『そういえば』

「なに?」

『三組の武内たけうち先生の新しい苗字、友人から教えてもらったよ』

「何先生になるの?」

竹内たちうちだって。字面しか変わんないことを一種のギャグとしてクラスでは披露してるらしいよ』


 武内たけうち先生から、竹内たけうち先生になるのか。

 それを、一種のギャグとして披露、か。……うーん、あんまり面白くないぞ。


 どう返信すべきか悩んで、僕はとりあえず、といった感じで無難に返す。


「(笑)」

『それ、絶対真顔で打ってるでしょ』


 図星。姥沢うばさわ、君はエスパーだったのか。

 ぎくりとして、思わず手の中からスマホを落としそうになる。持ち直し、今度は正直に「そのギャグ、面白くないかも」と送ろうとして文字を打つ。


 が、その作業は途中で強制的に中止させられる。トーク画面から急に、通話画面に切り替わったのだ。かけてきた人物は姥沢うばさわだった。


沢渡さわたりくん、すぐ玄関まで来て。犯人が現れた』


 僕からの返事は待たず、通話が切れる。僕はほとんど反射的に廊下を駆け出し姥沢うばさわのもとへ向かった。

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