#008 契約

「これで貴様との契約は成立だ」

 

 魔王が僕に話しかけている。


 今の僕たちは一つの肉体に二つの魂が入っている状態のようだ。

 魔王の声は誰にでも聞こえるが、僕の声は魔王にしか聞こえない。


「約束通り体は貰うぞ」

『……ええ、好きに使ってください』


 後悔がないと言えば嘘になる。

 少しだけ寂しい気もするが、これは仕方がなかったことだ。


 甘神さんが無事ならそれで良いのである。

 けど、最後に一回だけでいいから話したかったな……。


 結局僕の思いは伝えられないままだ。

 それでも甘神さんが幸せでいてくれれば、それで良い……。


「……おい」


 不機嫌そうな声で魔王が語る。


「何故体の主導権が俺のものになっていない?」


 ……?


『そんなこと僕に言われても……』

「いいや、俺と貴様は確かに”契約”した。契約とは魔術による縛り。貴様の願いを叶えれば、自動的に体の主導権が俺に譲渡されるはずだ」


 魔術に関しては最近学び始めたことで、僕も詳しくは分からない。


「貴様のような魔術の素人に契約を歪める能力はないはずだ。だが、もし可能性があるとすれば……」


 頭を悩ませながら魔王が尋ねる。


「契約の時、貴様が具体的に何を願ったか……言ってみろ」

『……え、その……僕はただ、甘神さんに”いつまでも”幸せでいてほしいなって……願っただけで……』

「それだこの阿呆!」

 

 唐突にブチギレる魔王。

 と、とりあえずごめんなさい……。


「それでは小娘の寿命が尽きるまで、契約が完了したことにはならないではないか!」


 あまりにも苛立たしそうに言葉をブチ撒ける魔王。


「なんてことだ……まさかこんな小僧にしてやられるとは……」

『あ、あの……僕、なんかやっちゃいました?』


 僕の言葉を聞いて、悔しそうな表情で歯をギリギリと噛み締める魔王。


「その言い方なんか腹立つな。殺すぞ。いや、この状態で小僧の体を消し去れば俺の魂まで消滅してしまうではないか……チッ、宿主にしてももっと良い相手がいただろう……」


 頭を押さえながら舌打ちを繰り返す魔王。


 なんだかよく分からないけど、大変な状況みたいだ。

 こういう時、どんな言葉をかければ良いか正直よく分からない……。


 そんな感じで僕と魔王が頭を悩ませていると、甘神さんが話しかけてきた。


「あの……」


 困惑したような、でもちょっぴり嬉しそうな様子の甘神さん。


「白凪君、だよね……?」


 僕を心配する甘神さんの言葉を聞いて、魔王が諦めたようにため息を吐いた。


「代われ、小僧。体の主導権は貴様にあるのだから、好きな時に俺と入れ替わることができるはずだ」

『でも、魔王はいいの?』

「いい。契約のことは忘れろ」


 自分に言い聞かせるように言って、魔王が僕の中に入ってきた。


 入れ替わりで僕が体の主導権を取り戻す。

 そして今度は魔王の声が僕の中から聞こえてきた。


『今は小娘を慰めてやれ。男なら、惚れた女をこれ以上泣かすんじゃないぞ』

「魔王……」


 考える暇もなく甘神さんが話しかけてくる。


「助けてくれて、ありがとう……」

「うん、甘神さんも。無事で、よかった……」


 微笑みながら答えると、甘神さんが大粒の涙を流しながら僕に抱きついてきた。

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