#006 魔王降臨

 血が溢れ、臓物が飛び出る。

 上半身と下半身が完璧にお別れしていた。


 誰がどう見ても致命傷である。

 既に痛いという感覚すら消えてしまった。


 まだ意識があることが不思議なくらいである。

 しかしこんな状況でも僕の命はどうでもよかった。


 ……甘神さんは、無事なのか?

 

「嘘……白凪君、起きて……白凪君!」


 泣きながら僕の体を揺らす甘神さん。

 

 見たところ甘神さんに目立った外傷はなさそうだ。

 しかし早く逃げなければ手遅れになる。


 甘神さんにそれを伝えたいが、口が動かない。

 手も足も全部ピクリとも、体全体が言うことを聞かない。

 

:ヤベェぞ人が死んだ!

:柚葉ちゃん逃げてぇ!

:おいおい、マジで死んだじゃねぇかアイツ!


 配信の画面にも視聴者も混乱するコメントが流れていた。


:なんで初級ダンジョンに、こんな危険なモンスターが……。

:初めて見たが、これ本物の”ジャバウォック”か……?

:……幻のS級モンスターが、なんでこんな場所に。


 今僕たちを襲っているのは、流石の僕でも知っているような有名なモンスターだ。


 二足歩行の黒い異形の大型生物。

 喰らい尽くす黒き者”ジャバウォック”。


 上級の危険ダンジョンでも滅多に出現しない、生態系最強格のモンスター。

 とても甘神さん一人で勝てる相手じゃない。


 だから僕のことなんてほっといて早く逃げてくれ……。


「この……よくも、白凪君を!」


 しかし僕の願いに反して、甘神さんはジャバウォックに攻撃する姿勢を見せた。


 甘神さんの魔力が手のひらに集まっていく。

 これは魔力を放出して敵を攻撃する初級魔術の”魔弾”だ。


 ドン!


 甘神さんの魔弾がジャバウォックの顔面に命中する。

 しかしジャバウォックは余裕の表情で笑っていた。

 

 異形の姿に人間の顔が張り付いたような見た目が更に不気味だ。


「そんな……」


 絶望の表情で硬直する甘神さん。


 ダメだ、今すぐ逃げてくれ……。

 このままじゃ君まで……。


『小僧、このままだと貴様は死ぬぞ?』


 ふと、声が聞こえてくる。

 誰とも分からない男の声。


『女も纏めて二人ともな。だが貴様は運が良い』


 運なんて良くてたまるか。


 今までの僕の人生はずっと最悪だった。

 誰からも認められない人生だった。


 でも、彼女だけが唯一……甘神さんだけが、僕に優しくしてくれた。

 

『これは契約だ。俺が貴様の願いを叶えてやる。代わりに貴様の体を寄越せ』


 甘神さんを助けられるなら、僕はどんな代償を払ったって構わない。

 

 体でも何でもくれてやる。

 約束だ、甘神さんを助けてくれ。


「心得た」


 それは僕の体、僕の声帯から発せられた僕の声だった。

 

 しかし不思議な感覚だ。

 僕はまるで魂だけの状態で、自分の魂が動くのを目撃していた。


 僕の体を奪い取った男は立ち上がり、甘神さんの前に立って言い放つ。


「小娘、小僧との約束だ。貴様はこの魔王が守ってやる」

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